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2012年7月30日 (月)

「生物資源」だったり「遺伝資源」だったり

8月5日まで、生物多様性国家戦略の改定(案)についての意見募集が行われているので、関連して考えていたことのメモ。忙しい人のためのサマリーはこちら。

  • 「遺伝資源」は「生物資源」の中でも、「価値」を有し、「遺伝の機能的な単位」を有するものを言う。
  • 「価値」や「機能的な単位」は、人類の都合や、それぞれの時代の技術水準によって変わる。
  •  実験植物としてのシロイヌナズナの成立過程や、動物の体細胞クローン技術の変遷を通じて、「遺伝資源」というものの輪郭の曖昧さを概観する。
  • 今後、名古屋議定書の批准と発効に向けて「生物資源」については、入手ルート、入手時期、入手の目的など記録の保管が一層重要になるだろう。

 日本の国内法である生物多様性基本法も、生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)(CBD)の担保法であることから、まずCBDにおける「遺伝資源」というものの考え方について整理しておきます。
 生物多様性に関わる枠組み条約としてはCBDが1993年から発効しており、日本もこれに加盟しています。CBDは、「生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分をこの条約の関係規定に従って実現することを目的」としており、「その構成要素」の一つに、「生物資源」があります。

 ここで、「生物資源」と「遺伝資源」という二つの用語が登場します。CBDでは第二条で、それぞれ次のように用語の使い方が示されています(註:「定義」では無く、「用語の使い方」。つまり、文脈に依存せず何時如何なる場合でも適用できるのが「定義」、「この文書での言葉の使い方」を示すのが「用語の使い方」。国際条約では往々にしてあることらしいのですが、定義しようとするとその時点で話し合いが紛糾するようなセンシティヴな問題について合意を取り付けたい場合には「定義」はしないよう。)。

  • 生物資源」には、現に利用され若しくは将来利用されることがある又は人類にとって現実の若しくは潜在的な価値を有する遺伝資源、生物又はその部分、個体群その他生態系の生物的な構成要素を含む。("Biological resources" includes genetic resources, organisms or parts thereof, populations, or any other biotic component of ecosystems with actual or potential use or value for humanity.)
  • 遺伝素材」とは、遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材をいう。("Genetic material" means any material of plant, animal, microbial or other origin containing functional units of heredity.)
  • 遺伝資源」とは、現実の又は潜在的な価値を有する遺伝素材をいう。("Genetic resources" means genetic material of actual or potential value.)

 「遺伝資源」を言い表すために、「遺伝素材」という新しい用語が登場しました。単純化のために「遺伝素材」という言葉を使わずに「遺伝資源」を言い表すと次のようになります。

  • 遺伝資源」とは、現実の又は潜在的な価値を有する、遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材をいう。

 コンパクトにまとめると、「遺伝資源とは、(現実・潜在的に)価値のある生物由来の素材をいう」。ここで、「価値のある」(of actual or potential value )という微妙な言い回しが使われていますが、それは人類が遺伝素材(Genetic material)を何らかの形で利用したか、利用する意図を持った場合に、初めて遺伝素材が遺伝資源に変わることを意味すると考えられるためです。言い換えると、だいたい「生物資源」=「(まだ)価値のない遺伝素材」+「遺伝資源」となります。

 「価値」によって「遺伝資源」になったものの例として、植物科学分野で実験植物としてよく使われているシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を例示します。シロイヌナズナは1577年にドイツの山地で発見が報告されてから、ながらく人類に利用されることはありませんでした。遺伝学用の実験植物として利用され始めたのは1943年頃(F. Laibach first summarized the potential of Arabidopsis thaliana as a model organism for genetics in 1943 - he did some work on it much earlier though, publishing its correct chromosome number in 1907.)。つまり、CBDの考え方に沿ってシロイヌナズナのあり方の歴史的な展開を眺めるならば、シロイヌナズナは発見されてからの四百数十年間は生物資源ではあったけれども、人類に利用価値が認められていない間は、単なる生物資源だったか遺伝素材ではあるが遺伝資源ではなかったことになります

 資源(Resources)と並んで遺伝資源と言う言葉を成り立たせているもう一つの要素である遺伝(genetic, heredity)についても言及しておきます。遺伝に関わる表現は、CBDではgeneticと、heredityの二つ(よく使われる遺伝を意味する英単語にはこのほかにinheritanceもあります)。CBDでは日本語の「遺伝」と言う名詞には"heredity"という名詞が充てられています。「遺伝素材」という用語の使い方としては、「遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材をいう。」とあり、またしても「遺伝の機能的な単位」という、微妙な言い回しが使われています。

 「遺伝素材」とは何でしょうか?ある素材が「遺伝の機能的な単位」を含んでいると言えるかどうかは、DNAという物質を含んでいるかどうか(ウイルスの場合はRNAもある)という物理化学的な性質のみで決まるものではなく、「機能する」単位を含んでいるかどうかで考えることを意味するでしょう(この点について「遺伝素材は事実的存在」であるとする立場もあることは承知しています。しかし、機能単位は構造単位ほどに物理化学的に明確な実体では無いことを強調しておきます)。ただ、ここで言う「単位」の最小のものが遺伝子(概ね機能単位であって、必ずしも構造単位ではありません)なのか、ゲノムなのか、配偶子なのか、細胞なのか、胚なのか、個体なのかは、国際的にも統一見解は無いところです(法律家は科学的な実体にまで踏み込まないので)。途上国側は「加工品であれ、(極端な場合は)データとしての遺伝情報であれ、遺伝子に由来するものは全部」というスタンスで、この議論はことあるごとに色々なところで20年もの間(CBDの策定時期から言えばそれ以上の期間)繰り返されています。

 途上国側の何でもかんでも「遺伝資源」という主張は、CBDの中で階層的に規定された「生物資源」等の用語を空文化するもので、条約の趣旨に合致しないのだけれど、「分裂しかしない細菌の遺伝をどう考えるのだ」とか「栄養繁殖しか確認されていない高等生物やウイルスでは、遺伝するとかしないとかの機能単位でものを考えるの?」と、まさに生物の多様性故に言葉にうまくおさまりきらない問題を内包しています。
 
  私は、これまで遺伝子組換え技術の研究分野から、動物の体細胞クローン技術を見てきました。この技術は、遺伝子組換え技術とは直接の関係は無いけれども、体細胞クローン家畜の食品安全性評価に関わる行政分野は、遺伝子組換え食品についての食品安全性評価とよく似た原則に則って行われていることから、遺伝子組換え植物やカルタヘナ法、食品衛生法と関わる研究分野における関心の対象となっています。いま、私は農業生物資源における生物多様性に関わる研究分野の視点から、動物の体細胞クローン技術を改めて見ています。
 
 この15年ほどの動物の体細胞クローン技術をつまみ食いしてみると色々なことが判ります。

 世界初の体細胞クローン動物、羊のドリー (5 July 1996 – 14 February 2003)の出現は、1993のCBDの発効後です。ドリーの胚は、卵子を提供した羊と、体細胞の核を提供した羊との二頭の羊の遺伝資源に由来します。「卵子と精子を提供した二頭の羊」の両方が遺伝資源である点について論争の余地はなかったように思われますが、体細胞の提供親(親?)とドリーの関係は世代交代を経ないクローン増殖(栄養繁殖)なので、生物学的にはあきらかに”遺伝”ではありません。この状況をCBDの視点から遺伝と言えるかどうか、若干微妙な位置にいるといえます。

 もっと微妙なケースを見てみましょう。

 2008年の理化学研究所の発表。16年間凍結保存していたマウスの死体から取り出した体細胞の核を移植してクローンマウスの作成に成功した事例があります。つまり、冷凍されていたマウスの死体は個体再生する手段が世の中に無い間は、体細胞クローン技術を応用する素材ではありませんでした。しかし、16年目にして技術革新によって「遺伝資源」になった、ということです(論文はこちら)。

 なお、同様のケースは和牛でも行われています(保存条件は-80度で10年間とのこと)。
Hoshino, Y. et al. Resurrection of a Bull by Cloning from Organs Frozen without Cryoprotectant in a −80°C Freezer for a Decade. PLoS ONE 4, e4142 (2009). <http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19129919>

 つまり、これは和牛の冷凍精液や凍結受精卵だけでなく、既に生物では無い冷凍肉でさえも体細胞クローン技術の応用で遺伝資源として利用可能な時代になってきたのだ、ということを意味しています。技術の進歩が素材の利用価値を高め、資源にすることがあるという例です。

 日本はCBDの第10回締約国会合で議長国としてABS名古屋議定書をとりまとめ、署名しました。これは、批准する意志があるという国際的な意思表示ですから、いずれはそれに対応した国内措置も採られるようになるでしょう。その場合、遺伝資源だけで無く生物資源の入手ルートや、入手時期、入手目的についても記録して長期保管することが必要になると考えられます。ABS名古屋議定書第10条の決着如何では、今後実施される国内措置によって、研究者が生物資源だと思っていた実験材料が、いつの間にか遺伝資源として扱われるようになり、さらに利益配分の対象になる可能性も決して小さくはありません。

 なお、今回の生物多様性国家戦略の改定(案)でも「生物資源」や「遺伝資源」といった意味内容が高度に専門的な用語が使われていますが、(案)では用語解説は特に用意されていません。パブコメで意見を寄せる場合には、これらの用語の使われ方に対する理解が必要なので、それなりの勉強はしておかなければならないのが結構大変です。

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