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2011年7月の記事

2011年7月12日 (火)

種苗法か特許法かそれが問題だ –育成者権をどう確保するか-

忙しい方のためのサマリー

  1. 合衆国と日本ではWTOのルールに従い、特許法と種苗法の両方で植物の品種の保護が可能。
  2. 特許法による保護の対象は品種そのものに限らず、遺伝子+導入技術+表現型+製造物の利用方法の組合せ。
  3. 農民の特権は特許権に対抗できない。特許権の設定された種子の自家増殖には権利者の許諾が必要。
  4. 特許協力条約(PCT)の方が、UPOV条約よりも国際出願に向いているので、特許の方が便利。

 これまで述べてきたような多収品種の育成、言い方を変えれば新品種という高性能の生産資材を作り上げる事業(育種事業)は、規模と労力の点からも個人経営の農家の手に負えるものではなくなっている。その役割は、かつては公的機関が担ってきたし、今日では民間で様々な農作物の品種育成が行われている。植物育種の対象は主要農作物だけでなく、大抵の野菜、花、イグサ、サトウキビ、牧草、ゴマ、ヤーコンなどほとんどあらゆる農作物に及んでいる。公的機関の行う育種事業には税金が社会資本として投入されるのだが、民間の育種事業にも時間と労力を投資して働く人がいる以上、報酬は必要であり事業を再生産し企業として成長するために収益を上げなくてはならない。そのため、品種の開発者に独占的な使用権を占有させる仕組みとして、これまで述べてきたような法的な枠組みが設けられている。日本では種苗法等、合衆国ではPVPA等がそれに当たる(等の話は後で)。もっとも、法的枠組みがなくても、適正な価格で開発者が利益を上げられれば実施権の占有は必要ないのだけれど。

  こうした制度で保護される植物の「品種」とは、ある特性を具えた増殖可能な植物の集合体であって、実は固定的な“物“としての実体ではない。もちろん、タネや苗木という”物”は実体としてあるのだけれども、「品種」はその(遺伝的な)特徴あるいは属性で規定される集合体である(大雑把に言えば、タネと品種の特性の関係はDVDという“物”と、そこに記録されている音楽や映像、プログラムなどのソフトウエアとの関係に似ているかも知れない)。そのため、新しい「品種」に対して設定される育成者の権利(育成者権)は、特許権や著作権のような知的財産権の一つとして国際的にも認められている。

 一方、WTOのルールの下で知的財産権に関する国際的取り決めであるTRIPS協定では育成者権の保護のため各国が執るべき法的な措置について次のように定めている。

第5節 特許

第27条 特許の対象
(3) 加盟国は,また,次のものを特許の対象から除外することができる。
(b) 微生物以外の動植物並びに非生物学的方法及び微生物学的方法以外の動植物の生産のための本質的に生物学的な方法。ただし,加盟国は,特許若しくは効果的な特別の制度又はこれらの組合せによって植物の品種の保護を定める。この(b)の規定は,世界貿易機関協定の効力発生の日から4年後に検討されるものとする。

※ 特許の除外対象から、ただし書きで保護を求めている。

 つまり、WTOのルールの下では品種の保護の方法は1. 特許、2. 効果的な特別の制度、3. これらの組合せの三つのオプションがあり、そのどれを採るかは各国の裁量の範囲である。これが上で述べた「種苗法等、合衆国ではPVPA等」の”等”にあたる。こうした日本、アメリカ、欧州での品種保護の制度の運用については、一般財団法人 知的財産研究所の特許庁委託産業財産権研究推進事業報告書、ムリエル・ライトブルーンによる”日米欧における植物保護と知的財産権”(2004)(PDF)に包括的に解説されているので、詳しくはそちらを参考にしていただきたい。

 この報告書によれば、合衆国の特許法による植物品種の保護は1. 植物発明法に基づく植物特許による輸入・販売の規制。保護期間は20年間(栄養繁殖作物限定?で利用例は少ないようだ)。 2. 特許法に基づく通常特許。2001年に最高裁判決があり、植物という生物に関係する発明に対しても「重要なのは、生物と無生物の区別ではなく、自然の産物とそれが生命を有しているかどうかにかかわらず人の手によりなされた発明の間の区別である」として、特許法による保護が可能であることが確認されている。

 日本でも、特許法による植物品種の保護は限定的に可能である。ただし、通常の交配で得られた品種については「進歩性」を欠くとして特許は認められない。また、植物品種の保護が認められた最高裁での判例も1例のみであり、特許法で可能な保護の範囲については、実績を重ねなければ確定できない部分が出てくる状況である。 合衆国、日本とも、特許法による権利の保護の期間は出願から20年間(種苗法は品種登録の日から25年。特許法と違って出願ではなく登録の日)。遺伝子組換え技術で育成された品種の保護の範囲については、「品種」を対象にしたものではなく、特許の請求項にある作成方法や導入した核酸、親系統の遺伝子型、表現型、利用方法との組合せなど、出願者の側で保護の対象範囲を請求できる(それが実際に認められるかどうかは、ケースバイケース)。従って、特定の導入遺伝子についての特許が成立すれば、それを利用する全ての品種が、自動的に保護の対象になる。

 次に、種苗会社にとって特許法による権利確保は、種苗法やPVPAには見られない大きな利点がある。PVPAについて既に述べたように、育成者権に対抗する権利として” Farmer’s previlage”(農民の特権)が認められている。

PVPAでは育成者権を持つ者から合法的に買った種子の保存とは種用の増殖は、育成者権の侵害に当たらないと明言している(この適用除外はおそらく日本の種苗法の農家の自家採取の特例よりも強力である)。種苗会社が農家に売り渡す種子の価格が安ければ、農家はわざわざ自家採取しないだろうけれど、この条文は制度上、種苗会社は最初に農家に種子を売り渡したとき以外は収益を上げられない仕組みだということを示している。

 しかし、特許権に対しては権利者に対抗できる農民の特権は認められていない。従って、特許権の設定された種子は自殖性作物のものであっても、種苗会社にとってはF1品種と同様に毎年農家に売ることができる商材であり、特許権が設定された種子について農家が自家増殖を合法的に行うためには、権利者との間で特別の取り決めを交わす必要がある。

 特許法による権利確保は種苗法と比較すると権利の保護期間は短いけれども、一度出願した特許が成立すれば、導入遺伝子を共有する遺伝子組換え品種は数百品種でも数千品種でも、一件の特許で保護できる。出願審査請求と20年間の特許の維持費用は次の通り。

特許庁以外が国際調査報告を作成した国際特許出願: 151,700円+請求項数×3,600円
第4年目から6年目まで毎年 : 7,100円+請求項数×500円
第7年目から9年目まで毎年 : 21,400円+請求項数×1,700円
第10年目から20年目まで毎年: 61,600円+請求項数×4,800円

 請求項が多い程、審査費用も維持費用は多くなる。例えば、特表2008-545413(モンサント社の新型除草剤耐性ダイズRoundup Ready 2 Yield)では、請求項が25あるので、上記の計算に従えば20年間に支払う金額は、506,800円。

 一方、種苗法では品種ごとに出願(出願料47,200円/品種)し、登録し、維持のために年金(年間登録料36,000円/年(25年の場合))を払わなければならない。こちらは、25年間で137,200円。 大企業にとっては、むしろ申請業務に係わる人件費の方が大きな金額になるのだが、制度上支払わなくてはならない金額も、種苗法では1品種ごとに支払う必要があるため、4品種以上なら特許の方がお得だ。合衆国では手数料等は日本と事情が異なるものの、南北に広大な緯度帯にほぼ同時期に数百以上の品種を展開する企業にとっては、申請業務の手間は少ない方がよいだろう。また特許法による保護期間は短いけれども、よほど優秀な品種か果樹でもない限り、一つの品種を使い続ける期間は概ね10年位だろうから、種苗法による保護期間の長さはあまりアドバンテージにはなっていないかも知れない。

 特許法による権利確保のメリットは他にもある。種苗法やPVPAと同等の権利を加盟国で保証しているUPOV条約は、加盟国が69ヶ国であり、加盟国において育成者権の保護をしたい場合、それぞれの国の当局に対して申請手続きをとる必要がある。特許制度に関する国際条約である特許協力条約(PCT)の加盟国は144ヶ国(2011.6.23)とUPOV条約の2倍以上あり、しかも、「PCT加盟国である自国の特許庁に対して特許庁が定めた言語(日本国特許庁の場合は日本語若しくは英語)で作成し、1通だけ提出すれば、その時点で有効なすべてのPCT加盟国に対して「国内出願」を出願することと同じ扱いを得ることができ」るという、非常に便利なシステムが構築されている。この点で、UPOVでは、外国の出願者がそれぞれの加盟国の当局に対して、国民と同様に出願する権利は与えられるものの、PCTのように国内で出願すれば自動的に他国でも出願したと見なされる統一的な国際出願システムにはなっていない。ちなみに、合衆国はPCTにもUPOVに加盟しているので、合衆国モンサント社は日本法人を通さなくても種苗法に基づく品種登録をすることは制度上可能である。しかし、実際には特許法に基づく権利確保は申請しているものの、たとえばダイズでは種苗法に基づく申請は行っていない(http://www.hinsyu.maff.go.jp/ のデータベースで確認できるが、DuPontも同様に申請していない)。

 これは、海外展開をビジネスの基本とする多国籍企業は、UPOVの様に個々の国で申請業務が発生する仕組みよりも、PCTのように国際的なOne stop serviceの方が好まれると言うことを意味しているのかもしれない。

 以上見てきたように、特許権による権利確保は、通常の交雑育種で育成した品種には適用できず、種苗法よりも保護期間は短いものの、1. 特に自殖性作物においては農民の権利に対抗できること、2. 多数の品種を同時期に展開する種苗会社にとっては権利確保の手数料が安く手続きが簡便なこと、3. UPOV条約よりも国際対応が進んでおり手続きが簡略化されていること、といった利点を持っている。

 こうした制度を利用して、モンサント社が取得してきたRoundup Readyに関する特許の事例を次回以降で見ていきたい。

(この項、次回へ続く)

なお、余談であるが、かつて問題視されていた“サブマリン特許“については、公開出願制度が導入されて以来、基本的には発生しないようになっている*

2011年7月11日 (月)

遺伝子組換え技術を応用したF1の採種 -Intermezzo-

 育成者権の確保に関連した話題は一休み。今日はDuPontの開発した新しいF1品種の採種システムについて。

 F1品種の採種効率は種苗会社の収益を向上する上で非常に重要な問題であるばかりではなく、自殖種子の混入を避け製品の品質を維持する上でも重要である。

 Seed Production Technologyと呼ばれるこの新技術は、仕組みがちょっと入り組んでいるので、以下のPDFの参考資料を見て欲しい。

  1.  核支配の雄性不稔系統に遺伝子組換え技術で稔性回復遺伝子を導入。
  2.  同じ発現カセットに35S-DsRedと、花粉特異的に発現するデンプン粒移行ペプチド融合アミラーゼ発現カセットを持たせる。
  3.  この発現カセットを持つ花粉は不稔になる
  4.  この発現カセットを持たない配偶子同士の自殖個体は雄性不稔になる。→雌親
  5.  雌性配偶子由来でこの発現カセットを持つ自殖種子はヘテロ型になり、DsRedを発現するのでカラーソーターで機械的に分離できる。→ 維持系統

と言う具合に、導入遺伝子についてはヘテロ型を維持しながら、核遺伝子支配の雄性不稔雌親も安定に増殖できる技術である。この技術には、他にも特徴がある。つまり、

  • 遺伝子組換えの親植物に由来する子孫であるにもかかわらず、外来遺伝子を持たない非組み換え種子が生産できる。
  • 生産された種子は、外来遺伝子を持たないので、農家は種苗会社の特許技術の使用者にはならない。(シュマイザー事件の再来はない)
  • 生産された外来遺伝子を持たない非組換え種子は科学的・技術的にも遺伝子組換え技術を使用していないものと区別が付かないので、”原理的には”カルタヘナ法の規制対象にはならない。

という特徴がある。
 ただ、開発企業のDuPontとPioneer Hi-bredは、念のため食品安全性の評価を受けている。恐らく、事故などで親系統が混入した場合の製品回収リスクをヘッジするためだろう。

まだ実験段階ではあるが、各種の規制を着実にクリアしていることがわかる。誰だって、これまで訴訟になったり反対派団体から指摘されてきたような面倒な問題は、わざわざ起こしたくはないのである。種苗会社も例外ではなく、そういった問題を避けるような技術開発を行っているということだ。

# 企業は悪の秘密結社ではないのだよ。

2011年7月 7日 (木)

育成者の権利は保護されるべきか? -大学では教えてくれない育種学-

忙しい方のためのサマリー

  1. 新品種できるまでに1/1,000,000の選抜強度は当たり前。
  2. 近代的な育種によってトウモロコシの収量は1920年代の200 kg/10aから1.2 t/10aへと6倍になった。ダイズやイネでも20世紀後半の育種で大幅な収量増が可能になった。

近代育種の目指すところ

 農業生産資材としての種苗が在来品種だった時代には、現在の先進国においても「種子は農民の物」という主張も妥当だったし、参加型育種(PPB)が行われている途上国においても在来品種やPPBによる品種は農民のものという主張は恐らく妥当だろう。しかし、既に述べたとおり、近代の植物の育種は、農民ではなく公的機関や民間の事業者によって専業的に事業として行われてきた。こうなると、種子というものは買い取った農民のものであるけれど、生産性にかかわる「品種」としての特性は育種事業者の知的財産であるという二重性があらわれてくる。

 植物の「品種」としての特性は、作物ごとに要求される様々な性質によって決まってくる。それは収量であり、生育の早さであり、収穫物の品質(食味、果実の大きさと均一性、酸度、糖度、日持ち性、歯ごたえ、皮の剥きやすさ)であり、様々な耐病虫性であり、・・・とにかく生産者にとってメリットのある性質と、マーケットから要求される特性のうち、農家での栽培管理や加工による工夫では改善しがたいあらゆる性質の改善が育種に求められる(なかには、「とにかく儲かる品種」という横暴な要求まである)。育成品種を採点する育種家の目線で言えば、10^6位の選抜強度は当たり前、途中で重要な形質について馬脚を現した系統は欠点を隠して顧客に届けるわけにはいかないので開発の中止は当たり前、ということになる。

 新品種の開発には、時間と手間がかかっている。言い換えれば、投資しなければ高性能の品種は作れない。公的な機関の育種に関わる投資は税で支えられているが、民間の育種事業は種子の売り上げから研究開発にかった投資を回収し、次の研究開発に投資しなければ企業は存続できない。そのための最善の方法は「良い製品」を市場に投入し続けることだ(誰にとって良い製品?と言う議論はあるけれど)。

近代育種は何を達成してきたか

 最近ではF1品種や遺伝子組換え技術やに絡められて様々な批判をされている近代的育種だが、それはこれまでに何を達成してきただろうか?もっともわかりやすい指標は収量だろう。たとえば、トウモロコシ。イリノイ大学のDr. Brian Diersホームページには、以下のように1924-2008年の合衆国のダイズとトウモロコシの収量のグラフが示されている。

 単位がBushels/acreで日本人には馴染みのない単位なのだが、1Bushel(ブッシェル)は容積なので作物種によって異なるけれど、重量換算すると、トウモロコシ1ブッシェル=25.4 kg、ダイズ1ブッシェルは27.2 kgに相当する。1acre(エーカー)は、4046.85642 m2 = 約40aなので、1 bushel/acre = 6.3 kg/10aとなる。そうすると1924年には約230 kg/10aだったトウモロコシの収量は2008年には約1,300 kg/10a、ダイズは100 kg/10aそこそこから約240 kg/10aになっていったことがわかる。それぞれ、収量が6倍、2.4倍に増大している。

 日本のイネでも、農林水産省の作物統計によれば1960年の387 kg/10aから543 kg/10aに増大している。

Rice_2

 北海道のイネの生産性についてはもっと古いデータもある。これによれば、北海道のイネの生産性は90年間で約2.5倍になっている(冷害でない年について)。

高橋萬右衛門 (1979)北海道稲作の成立過程と将来の展望(北海道開発と技術移転)より

 国・地域レベルの生産統計に見られるこうした収量の向上は、化学肥料や殺虫剤、除草剤の普及の効果、栽培管理技術の支え、農業者の能力の向上もあって初めて達成できたものである。それ故に、肥料や農薬の多投が環境破壊を引き起こしているという批判もあることは承知している。それでも、もし初期の改良品種の生産水準が在来品種と同程度であったとすると、近代的な育種による農家の増収分は、20世紀後半の生産技術の変化に対応した品種を作り出すことによって可能になってきたことは間違いない。今日の世界の人口のある部分は、この近代的な品種の高い生産性によって現実に支えられていることも忘れてはならない。

 それでも、先進国において種子は農民のものと言う主張は100%妥当だろうか?私は、育成者の努力に報いる仕組みは必要だと思う。

(この項、次回へ続く)

2011年7月 6日 (水)

誰が作物の品種を作ってきたか? -育成者権との関係-

忙しい方のためのサマリー

  1. 約1万年の農耕の歴史の中で在来品種を作ってきたのは農民である。
  2. 近代の主要農作物の品種の育成は、アメリカや日本では公的な部門が担ってきたが、この30年程の間に民間部門の役割が大きくなってきた。

 「え、ムギにも品種があるんですか!」・・・オオムギの育種をしていた頃、そういわれて凹んだことがある。たしかに、品種名を前面に出さないで流通している農作物は沢山ある。オオムギ、コムギ、トマト以外の野菜の多く、豆。そういったものにも大抵は「品種」があって、それを作り上げてきた育成者が居る。
  (そういえば、サカタのタネで育成されたキュウリの品種に“さつきみどり”というものがある。育成者が五月みどりさんのファンなのかどうかは定かでない。)

  品種改良(育種)の歴史全般を語り出すと収拾が付かなくなるので、興味のある方には「品種改良の世界史・作物編」(悠書館、2010/12/16、ISBN-13: 978-4903487410)をお勧めする(\4,725とちょっと高いけれど、良質な情報は只では手に入らない)。在来品種の成立や、近代史の中で様々な作物が地球上の様々な場所で地道に改良されてきた歴史が語られており、一読していただければ今日の食料生産はそうした地道な作物の遺伝的改良の積み重ねの上に成り立っていることがわかることだろう。

 多くの作物には、在来品種あるいは在来種と呼ばれる多くの品種がある(在来種と言う用語は、生物多様性についての文脈において、品種ではなく、外来種と対で使われる生物種を指すことが多いのでここでは“在来品種“と呼ぶことにする)。在来品種は英語では”Indigenous variety”あるいは”Native variety”等と表現される。いずれも、”原産の品種”あるいは”土着の品種”という意味である。約1万年の農耕の歴史の中で作物の育種が意識的・積極的に進められてきたのは、この200年程のことなので、それまでの約1万年の農耕は・・・ほとんど全部ですね・・・それぞれの土地柄や人々による利用法に合った在来品種によって支えられてきたことになる。それを育て上げてきた人々が農民であると言う点は、遺伝学に基礎を置く今日の近代的な育種が専業とする人々に担われているのとは様子が異なる。

 途上国においては、今もこうした在来品種が利用されているが、そうした在来品種も20世紀中頃から各国政府やFAO傘下の国際機関が進める育種事業の成果である近代的な多収品種に徐々に置き換わってきている。それは単に政府の主導する政策だからではなく、生産性の高い品種を導入して農民が経済的に豊になれる数少ない機会であるためだろう。
 こうした状況は、食糧需給の量的な改善や途上国の農民の所得の向上という点で望ましいことではあるが、一方では農家において耕作を通じて維持されてきた在来品種の急速な消失にもつながってきた。そこで、1993年の生物多様性条約(CBD)の発効以来、FAOや各国が協力して各種作物のin situ conservation(生息域内保全)が盛んに行われるようになってきた。2010年にまとめられた植物遺伝資源に関するFAOの報告書”FAO the second report on the world Plant Genetic Resources”(PDF)においては、ここ10年間のこうした取り組みが一章を割いて報告されている。この報告書によれば、技術を持った人的資源の不足、資金の不足、各国の適切な政策の不在、農村コミュニティーの弱体化、外来種の侵入、気象変動等によって、生息域内保全が必ずしも上手くいっていないことが覗われる。要するに、生産性の低い在来品種については、これまでのような農民だけに依存した保全活動は既に世界各地で限界に達しており、政策的・資金的な支援も十分に行われているとは言い難い状況にある。

 一方、近代的な育種について言えば、20世紀に入ってからは、国や民間企業による主要作物の組織的な育種が盛んに行われる様になった。イネ、コムギといった主要穀類を例に取れば、日本では古く(1930年代)は磯永吉氏らによる蓬莱米育成のサクセス・ストーリーが有名であるし、国際的には、CYMMITのDr. Norman E. Borlaugらによるコムギの「緑の革命」、IRRIのチームによる多収イネ品種IR-8等の育成(こちらはBreederがDr. Jennings, Dr. Beachel, Dr. De Dattaなど)など、多くの事例に事欠かない 。ちなみに、IR-8のリリースは1960年代後半(少なくとも1966以降)で、それが徐々に広まるまでの間、バングラディシュ、インドなどを中心にMahsuriと呼ばれるインディカ稲(正確には日印交雑に由来する雑種)の品種が非常に広く普及していた。MahsuriはIR-8等の短稈品種の栽培に向かない地域では1980年代まで利用されていた(現在でも一部で利用されている)。こちらはあまり語られることはないのだが、1958年(昭和33年)から途上国の支援計画であるコロンボ・プランの一貫として日本の水稲育種の専門家4名(Y. Yamakawa, K.
Fujii, J. Kawakami, and S. Samoto.
)がイギリス植民地から独立して間もないマレーシアに派遣され、その育成にあたっていた(分子生物学に支えられた農業生物資源の利用と将来、2011、p. 35)。今と違ってODAの資金協力ができなかった時代のことである。

 イネやコムギのような自殖性作物では組織的育種の担い手が主に公的機関であるのに対して、合衆国のトウモロコシ育種では事情が異なっている 。トウモロコシは、雄花と雌花が別々のタイミングで咲くこともあり、代表的な多殖性植物(通常は自家受粉せずに他の花からもらった花粉で受精する植物)である。合衆国でも、自殖系統同士の交配による雑種強勢の研究自体は、公的研究グループによって1930年代前半から進められて来たが、一旦、雑種強勢育種法の理論ができあがってしまうと、1930年代中頃から事業ベースの育種はPioneer Hi-Bred社など民間で行われるようになってきた。近年、F1品種については農家が自家採取できないとか、民間企業が種子を独占する等様々な風説があるが、ことトウモロコシのF1品種の利用に付いて言えば既に70年以上の歴史があり、F1品種に固有の営農上の問題は知られていない。

 なお、合衆国の主要農作物育種について言えば、トウモロコシは前述の通り民間を中心に行われてきたが、コムギについては大学やUSDAなど公的機関を中心に進められている。USDAから2001年にPaul W. Heisey, Chittur S. Srinivasan, Colin G. Thirtleによる” Public sector plant breeding in a privatizing world”(民営化する世界における公共部門の植物育種)という報告書が公表されており、欧州や北米のトウモロコシ育種、コムギ育種等における公共部門の社会的な役割の重要性が強調されている。中でも、Table 5にはトウモロコシ、コムギ、ダイズ、ワタ、ナタネにおける民間育種の作付け割合の推定値が示されているが、これは非常に興味深い。例えば、合衆国のトウモロコシの民間育種の割合は1980年には既に100%で、1997年にも100%のまま。これが、コムギの場合になると1980年には民間の比率がわずか5%だったのが、1990年代後半には24%、同様にダイズでは1980→1997は8%→70-90%となっている。トウモロコシで飽和したシードビジネスがダイズやコムギにも拡大してきている様子が描き出されていようにも見える。このような報告が出された背景には、報告書の表題から伺えるようにUSDAの公的育種の役割の縮小に対する危機感があるのかもしれない。

 興味深いことに、ほぼ同時期2000年には英国の独立系シンクタンク(ODI)からRobert TrippとDerek Byerleeによる”Public plant breeding in an era of privatisation”という民営化の行政圧力下における農業研究のあり方を問う報告書が纏められている。こちらの論調はUSDAのそれと違っていて、民間育種の推進を公的研究機関がどう担い、補完するべきかという視点である。この違いは、両国の民間育種の活力の違いを反映しているのかもしれない。

 これらの国々では「作物育種」の担い手を取り巻く世界的状況は20世紀末から急速に民営化へと向かっていることを示している。それは丁度、日本において、農林水産省の試験研究機関が独立行政法人化した時期(2001年)が、奇しくもこれらの動きと一致している。

 私は個人的には、合衆国のトウモロコシで民間育種が拡大してきた背景には制度的な理由があると考えている。合衆国の種苗法PVPAでは、育成者権に対して権利が及ばない幾つかの例外を設けている。その一つは育成者権(Breeder’s rights)に対抗する農民の特権(Farmer’s privilege)である。

PVPA TITLE 7 > CHAPTER 57 > SUBCHAPTER III > Part K > § 2543 § 2543.
Right to save seed; crop exemption Except to the extent that such action may constitute an infringement under subsections (3) and (4) of section 2541 [1] of this title, it shall not infringe any right hereunder for a person to save seed produced by the person from seed obtained, or descended from seed obtained, by authority of the owner of the variety for seeding purposes and use such saved seed in the production of a crop for use on the farm of the person, or for sale as provided in this section. A bona fide sale for other than reproductive purposes, made in channels usual for such other purposes, of seed produced on a farm either from seed obtained by authority of the owner for seeding purposes or from seed produced by descent on such farm from seed obtained by authority of the owner for seeding purposes shall not constitute an infringement. A purchaser who diverts seed from such channels to seeding purposes shall be deemed to have notice under section 2567 of this title that the actions of the purchaser constitute an infringement.

 要するに、PVPAでは育成者権を持つ者から合法的に買った種子の保存とは種用の増殖は、育成者権の侵害に当たらないと明言している(この適用除外はおそらく日本の種苗法の農家の自家採取の特例よりも強力である)。種苗会社が農家に売り渡す種子の価格が安ければ、農家はわざわざ自家採取しないだろうけれど、この条文は制度上、種苗会社は最初に農家に種子を売り渡したとき以外は収益を上げられない仕組みだということを示している。

 種苗会社が研究開発のための資金を回収できる機会は、基本的に種子の販売以外にはない。この制度の下では、安定した能力の種苗を得るために毎年種子を買わなければならないF1品種では、種苗会社に経済的な動機が働くが、コムギのような自殖性の作物ではそれほど強力ではなかったと言うことを示しているのではないだろうか※※(同じ自殖性作物でもダイズはそうなっていない。これについては、また別の項であつかう)。

 ちなみに、一般財団法人 知的財産研究所の特許庁委託産業財産権研究推進事業報告書、ムリエル・ライトブルーン氏による”日米欧における植物保護と知的財産権”(2004)(PDF)によれば、「米国においては1924年まで政府による農業者への種子の配給が行われていた」とある。国土の広い合衆国のことであるから、政府による種子の生産がよほど大規模でなければ、それだけで農家の生産用種子への需要を満たすことができるとは考えにくい。もしかするとFarmer’s privilegeを広く認めることで、農家同士の種子の融通を積極的に行わせ、政府の負担を軽減させる狙いがあったのかもしれない。

Participatory Plant Breeding  (PPB)

 近代的な多収品種は在来品種とは生育特性が異なるため、水利や施肥の条件を整備できない農民にとっては、その潜在能力を十分発揮できないリスクがある。また、政府や国際機関による近代的育種は農民やNPOから見て実際の現場から乖離した「押しつけ」と見られる風潮がある。そこで、「緑の革命」への反省から1980年代から農民参加型の育種(Participatory Plant Breeding, PPB)というあり方が模索されている。これまた、本が1冊できあがるほどのテーマなので、軽く流す。詳しく知りたい方向けに、FAOの書籍(PDF)を紹介しておく。S. Ceccarelli, E.P. Guimarães and E. Weltzien (Eds.) (2009) Plant breeding and farmer participation (ISBN 978-92-5-106382-8).

 大雑把に言えば、試験場ではなく現地で、育種家だけでなく農民、育種家、遺伝資源研究者、社会科学者が、“socially correct”な育種を目指す取り組みである。それは、多収品種にあわせた営農方法を農家に求めるのではなく、農家と市場のあり方にあわせた品種を現地で開発するという視点の転換である。

 在来品種では達成できなかった多収性を持ちながら、伝統的な営農スタイルに寄り添い、緑の革命に代表される大きなinputを要求する品種ではなく、持続性の高い品種、理想は高いが現地密着型であるが故にその成果は地域を越えて広がる性質の物ではないため見えにくい物になりがちである。現在FAOを中心に途上国で複数のプログラムが進捗中であり、その成果が広く認知されるようになるまでにはまだ時間がかかるだろう。

 なお、このスタイルの育種では、在来種の選抜では育成者権は設定できないし、新品種を育成した場合でも、おそらくは育成者権が設定されることはないと考えられる (ただし、CGIARセンターの関与するプロジェクトの場合は育成者権を設定するかもしれない。金主によりけり)。

こんな具合に、今日もどこかの誰かが植物の品種を育成している。

(この項、次回へ続く)

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 佐本四郎先生の報告書:DC-7, Mahsuriの名はまだ付いていない? http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/54960/1/KJ00000132555.pdf

※※ 1970年に成立したPVPAがその後のコムギ育種のR&Dを進めた可能性についての計量経済学の論文がまとめられている。民間育種の割合が1970年の3%から1990年代の30%に増大した経緯を分析しているが、私の理解を超えているので紹介だけ。(素人なりには、仮説の検証に失敗しているようにしか見えない) Alston, JM. and Venner, RJ. (2000) The effects of the US. plant variety protection act on wheat genetic improvement

2011年7月 5日 (火)

植物の「品種」という状態

忙しい方のためサマリー。

農作物の「品種」とは、遺伝学・分類学的な線引きが出来るものではなく、大雑把に言えば外見上の特徴で他のものと区別できる植物の集団を言う。

 農作物の「品種」とは何だろうか?「品種」と言う言葉で括られる”もの”には実は科学的な実体は無い。より正確に言えば、遺伝学的には次のような様々な状態を一括りにしている。 -一つの品種がクローンである場合(果樹、イチゴ)、純系である場合(大抵のイネ、ムギ)、準同質遺伝子系統のセットである場合(コシヒカリBL)、自家不和合性のソバのように稔性に関する遺伝子以外がほぼ均一な場合、雑種第一代(F1、トウモロコシや多くの野菜)、遺伝的に必ずしも固定していない集団(多くの作物の在来品種)-
 従って、品種とはどのようなものか科学的に輪郭線が引けない以上、法的に(無理矢理)輪郭線を描き出して他のものと区別することになる。日本の種苗法、アメリカのPlant Variety Protection Act(PVPA)、植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)では、それぞれどのように定義されているか見てみよう。

1.種苗法 (平成十年五月二十九日法律第八十三号)
(定義等) 第二条 
2  この法律において「品種」とは、重要な形質に係る特性(以下単に「特性」という。)の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ、かつ、その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいう。

2.Plant Variety Protection Act(PVPA) 
TITLE 7 > CHAPTER 57 > SUBCHAPTER II > Part D > § 2401 (a) Definitions 
(9) Variety The term “variety” means a plant grouping within a single botanical taxon of the lowest known rank, that, without regard to whether the conditions for plant variety protection are fully met, can be defined by the expression of the characteristics resulting from a given genotype or combination of genotypes, distinguished from any other plant grouping by the expression of at least one characteristic and considered as a unit with regard to the suitability of the plant grouping for being propagated unchanged. A variety may be represented by seed, transplants, plants, tubers, tissue culture plantlets, and other matter.

3.The International Union for the Protection of New Varieties of Plants (UPOV) 
(vi)  "variety" means a plant grouping within a single botanical taxon of the lowest known rank, which grouping, irrespective of whether the conditions for the grant of a breeder's right are fully met, can be
- defined by the expression of the characteristics resulting from a given genotype or combination of genotypes,
- distinguished from any other plant grouping by the expression of at least one of the said characteristics and
- considered as a unit with regard to its suitability for being propagated unchanged;

  共通点を抽出すると、植物の品種とは、植物の集合体であり

  1. 表現型によって特徴を定義できる
  2. 他の植物の集合体と、その表現型の特徴によって区別できる
  3. 形質を保持させたまま安定に繁殖させることができる

という特性を備えたもの、あるいは状態であると言うことが出来るだろう。

 こうして比較してみると、PVPAとUPOVの表現はほぼ一緒(1994年合衆国がUPOVに加盟する際にPVPAは改正されているので統一したのかもしれない)。種苗法では、表現型の基礎となる遺伝子型については特に言及していないが、PVPAとUPOVでは表現型の由来する” a given genotype or combination of genotypes”(あるの遺伝子型、あるいは遺伝子型の組合せ)として、種苗法よりも踏み込んだ表現になっている。つまり、これらの法的な枠組みにおいて、品種とは“他の植物集団と(遺伝子型に由来する)安定な表現型で区別できる植物集団”と言えるだろう※ 。
 このように、表現型で定義される品種ではあるけれども、増殖を繰り返しても世代によらず表現型が安定的に再現される背景には特定の遺伝子型があることは近代の遺伝学の教えるところである(F1の場合の安定性は、特定の両親の交配で生産される雑種の表現型の再現性、均一性を言う)。だからこそ、一部の品種ではDNAフィーンガー・プリンティングによる品種保護が可能になっている。
 農家が生産物として販売する農産物の品質を決定する要因として、作物の品種は非常に重要である。それは、特定の品種名(ブランド)の種苗は、種苗の育成者が生産者に対して特定の品種の性能を保証することで支えられている。そのため、日本では農家における生産資材としての品種の名称が、そのまま流通過程における農産物のブランド(銘柄)になっていることもめずらしくない。個々の農産物の品質は生産者の管理技術や、産地や生産年の気象条件、流通中の鮮度保持によっても左右される。管理技術や生産環境が優れていれば、品種の持っている潜在的な能力を最大限に引き出すことができるだろう。しかし、それによって遺伝的に規定されている能力の上限を超えることが出来るわけではないし、栽培技術によって品種の遺伝的な組成が改良されるわけでもない。

(この項、次回へ続く)

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※ ちなみに、UPOVの定義には更に特徴的な表現があって、(既知の植物分類の最小単位内の植物集団であって)という表現があり、単一の植物種、という若干自然科学寄りの表現が見られるが、これはこれで栽培イチゴやコーヒーのアラビカ種のように全体が種間雑種集団であるものや、ユリのHybridのような場合は捕捉しきれていない。実際は実情に即して大雑把に運用しているので困ることはないのだけれど。

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