種苗法か特許法かそれが問題だ –育成者権をどう確保するか-
忙しい方のためのサマリー
- 合衆国と日本ではWTOのルールに従い、特許法と種苗法の両方で植物の品種の保護が可能。
- 特許法による保護の対象は品種そのものに限らず、遺伝子+導入技術+表現型+製造物の利用方法の組合せ。
- 農民の特権は特許権に対抗できない。特許権の設定された種子の自家増殖には権利者の許諾が必要。
- 特許協力条約(PCT)の方が、UPOV条約よりも国際出願に向いているので、特許の方が便利。
これまで述べてきたような多収品種の育成、言い方を変えれば新品種という高性能の生産資材を作り上げる事業(育種事業)は、規模と労力の点からも個人経営の農家の手に負えるものではなくなっている。その役割は、かつては公的機関が担ってきたし、今日では民間で様々な農作物の品種育成が行われている。植物育種の対象は主要農作物だけでなく、大抵の野菜、花、イグサ、サトウキビ、牧草、ゴマ、ヤーコンなどほとんどあらゆる農作物に及んでいる。公的機関の行う育種事業には税金が社会資本として投入されるのだが、民間の育種事業にも時間と労力を投資して働く人がいる以上、報酬は必要であり事業を再生産し企業として成長するために収益を上げなくてはならない。そのため、品種の開発者に独占的な使用権を占有させる仕組みとして、これまで述べてきたような法的な枠組みが設けられている。日本では種苗法等、合衆国ではPVPA等がそれに当たる(等の話は後で)。もっとも、法的枠組みがなくても、適正な価格で開発者が利益を上げられれば実施権の占有は必要ないのだけれど。
こうした制度で保護される植物の「品種」とは、ある特性を具えた増殖可能な植物の集合体であって、実は固定的な“物“としての実体ではない。もちろん、タネや苗木という”物”は実体としてあるのだけれども、「品種」はその(遺伝的な)特徴あるいは属性で規定される集合体である(大雑把に言えば、タネと品種の特性の関係はDVDという“物”と、そこに記録されている音楽や映像、プログラムなどのソフトウエアとの関係に似ているかも知れない)。そのため、新しい「品種」に対して設定される育成者の権利(育成者権)は、特許権や著作権のような知的財産権の一つとして国際的にも認められている。
一方、WTOのルールの下で知的財産権に関する国際的取り決めであるTRIPS協定では育成者権の保護のため各国が執るべき法的な措置について次のように定めている。
第5節 特許
第27条 特許の対象
(3) 加盟国は,また,次のものを特許の対象から除外することができる。
(b) 微生物以外の動植物並びに非生物学的方法及び微生物学的方法以外の動植物の生産のための本質的に生物学的な方法。ただし,加盟国は,特許若しくは効果的な特別の制度又はこれらの組合せによって植物の品種の保護を定める。この(b)の規定は,世界貿易機関協定の効力発生の日から4年後に検討されるものとする。
※ 特許の除外対象から、ただし書きで保護を求めている。
つまり、WTOのルールの下では品種の保護の方法は1. 特許、2. 効果的な特別の制度、3. これらの組合せの三つのオプションがあり、そのどれを採るかは各国の裁量の範囲である。これが上で述べた「種苗法等、合衆国ではPVPA等」の”等”にあたる。こうした日本、アメリカ、欧州での品種保護の制度の運用については、一般財団法人 知的財産研究所の特許庁委託産業財産権研究推進事業報告書、ムリエル・ライトブルーンによる”日米欧における植物保護と知的財産権”(2004)(PDF)に包括的に解説されているので、詳しくはそちらを参考にしていただきたい。
この報告書によれば、合衆国の特許法による植物品種の保護は1. 植物発明法に基づく植物特許による輸入・販売の規制。保護期間は20年間(栄養繁殖作物限定?で利用例は少ないようだ)。 2. 特許法に基づく通常特許。2001年に最高裁判決があり、植物という生物に関係する発明に対しても「重要なのは、生物と無生物の区別ではなく、自然の産物とそれが生命を有しているかどうかにかかわらず人の手によりなされた発明の間の区別である」として、特許法による保護が可能であることが確認されている。
日本でも、特許法による植物品種の保護は限定的に可能である。ただし、通常の交配で得られた品種については「進歩性」を欠くとして特許は認められない。また、植物品種の保護が認められた最高裁での判例も1例のみであり、特許法で可能な保護の範囲については、実績を重ねなければ確定できない部分が出てくる状況である。 合衆国、日本とも、特許法による権利の保護の期間は出願から20年間(種苗法は品種登録の日から25年。特許法と違って出願ではなく登録の日)。遺伝子組換え技術で育成された品種の保護の範囲については、「品種」を対象にしたものではなく、特許の請求項にある作成方法や導入した核酸、親系統の遺伝子型、表現型、利用方法との組合せなど、出願者の側で保護の対象範囲を請求できる(それが実際に認められるかどうかは、ケースバイケース)。従って、特定の導入遺伝子についての特許が成立すれば、それを利用する全ての品種が、自動的に保護の対象になる。
次に、種苗会社にとって特許法による権利確保は、種苗法やPVPAには見られない大きな利点がある。PVPAについて既に述べたように、育成者権に対抗する権利として” Farmer’s previlage”(農民の特権)が認められている。
PVPAでは育成者権を持つ者から合法的に買った種子の保存とは種用の増殖は、育成者権の侵害に当たらないと明言している(この適用除外はおそらく日本の種苗法の農家の自家採取の特例よりも強力である)。種苗会社が農家に売り渡す種子の価格が安ければ、農家はわざわざ自家採取しないだろうけれど、この条文は制度上、種苗会社は最初に農家に種子を売り渡したとき以外は収益を上げられない仕組みだということを示している。
しかし、特許権に対しては権利者に対抗できる農民の特権は認められていない。従って、特許権の設定された種子は自殖性作物のものであっても、種苗会社にとってはF1品種と同様に毎年農家に売ることができる商材であり、特許権が設定された種子について農家が自家増殖を合法的に行うためには、権利者との間で特別の取り決めを交わす必要がある。
特許法による権利確保は種苗法と比較すると権利の保護期間は短いけれども、一度出願した特許が成立すれば、導入遺伝子を共有する遺伝子組換え品種は数百品種でも数千品種でも、一件の特許で保護できる。出願審査請求と20年間の特許の維持費用は次の通り。
特許庁以外が国際調査報告を作成した国際特許出願: 151,700円+請求項数×3,600円
第4年目から6年目まで毎年 : 7,100円+請求項数×500円
第7年目から9年目まで毎年 : 21,400円+請求項数×1,700円
第10年目から20年目まで毎年: 61,600円+請求項数×4,800円
請求項が多い程、審査費用も維持費用は多くなる。例えば、特表2008-545413(モンサント社の新型除草剤耐性ダイズRoundup Ready 2 Yield)では、請求項が25あるので、上記の計算に従えば20年間に支払う金額は、506,800円。
一方、種苗法では品種ごとに出願(出願料47,200円/品種)し、登録し、維持のために年金(年間登録料36,000円/年(25年の場合))を払わなければならない。こちらは、25年間で137,200円。 大企業にとっては、むしろ申請業務に係わる人件費の方が大きな金額になるのだが、制度上支払わなくてはならない金額も、種苗法では1品種ごとに支払う必要があるため、4品種以上なら特許の方がお得だ。合衆国では手数料等は日本と事情が異なるものの、南北に広大な緯度帯にほぼ同時期に数百以上の品種を展開する企業にとっては、申請業務の手間は少ない方がよいだろう。また特許法による保護期間は短いけれども、よほど優秀な品種か果樹でもない限り、一つの品種を使い続ける期間は概ね10年位だろうから、種苗法による保護期間の長さはあまりアドバンテージにはなっていないかも知れない。
特許法による権利確保のメリットは他にもある。種苗法やPVPAと同等の権利を加盟国で保証しているUPOV条約は、加盟国が69ヶ国であり、加盟国において育成者権の保護をしたい場合、それぞれの国の当局に対して申請手続きをとる必要がある。特許制度に関する国際条約である特許協力条約(PCT)の加盟国は144ヶ国(2011.6.23)とUPOV条約の2倍以上あり、しかも、「PCT加盟国である自国の特許庁に対して特許庁が定めた言語(日本国特許庁の場合は日本語若しくは英語)で作成し、1通だけ提出すれば、その時点で有効なすべてのPCT加盟国に対して「国内出願」を出願することと同じ扱いを得ることができ」るという、非常に便利なシステムが構築されている。この点で、UPOVでは、外国の出願者がそれぞれの加盟国の当局に対して、国民と同様に出願する権利は与えられるものの、PCTのように国内で出願すれば自動的に他国でも出願したと見なされる統一的な国際出願システムにはなっていない。ちなみに、合衆国はPCTにもUPOVに加盟しているので、合衆国モンサント社は日本法人を通さなくても種苗法に基づく品種登録をすることは制度上可能である。しかし、実際には特許法に基づく権利確保は申請しているものの、たとえばダイズでは種苗法に基づく申請は行っていない(http://www.hinsyu.maff.go.jp/ のデータベースで確認できるが、DuPontも同様に申請していない)。
これは、海外展開をビジネスの基本とする多国籍企業は、UPOVの様に個々の国で申請業務が発生する仕組みよりも、PCTのように国際的なOne stop serviceの方が好まれると言うことを意味しているのかもしれない。
以上見てきたように、特許権による権利確保は、通常の交雑育種で育成した品種には適用できず、種苗法よりも保護期間は短いものの、1. 特に自殖性作物においては農民の権利に対抗できること、2. 多数の品種を同時期に展開する種苗会社にとっては権利確保の手数料が安く手続きが簡便なこと、3. UPOV条約よりも国際対応が進んでおり手続きが簡略化されていること、といった利点を持っている。
こうした制度を利用して、モンサント社が取得してきたRoundup Readyに関する特許の事例を次回以降で見ていきたい。
(この項、次回へ続く)
なお、余談であるが、かつて問題視されていた“サブマリン特許“については、公開出願制度が導入されて以来、基本的には発生しないようになっている*。
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