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2011年7月 6日 (水)

誰が作物の品種を作ってきたか? -育成者権との関係-

忙しい方のためのサマリー

  1. 約1万年の農耕の歴史の中で在来品種を作ってきたのは農民である。
  2. 近代の主要農作物の品種の育成は、アメリカや日本では公的な部門が担ってきたが、この30年程の間に民間部門の役割が大きくなってきた。

 「え、ムギにも品種があるんですか!」・・・オオムギの育種をしていた頃、そういわれて凹んだことがある。たしかに、品種名を前面に出さないで流通している農作物は沢山ある。オオムギ、コムギ、トマト以外の野菜の多く、豆。そういったものにも大抵は「品種」があって、それを作り上げてきた育成者が居る。
  (そういえば、サカタのタネで育成されたキュウリの品種に“さつきみどり”というものがある。育成者が五月みどりさんのファンなのかどうかは定かでない。)

  品種改良(育種)の歴史全般を語り出すと収拾が付かなくなるので、興味のある方には「品種改良の世界史・作物編」(悠書館、2010/12/16、ISBN-13: 978-4903487410)をお勧めする(\4,725とちょっと高いけれど、良質な情報は只では手に入らない)。在来品種の成立や、近代史の中で様々な作物が地球上の様々な場所で地道に改良されてきた歴史が語られており、一読していただければ今日の食料生産はそうした地道な作物の遺伝的改良の積み重ねの上に成り立っていることがわかることだろう。

 多くの作物には、在来品種あるいは在来種と呼ばれる多くの品種がある(在来種と言う用語は、生物多様性についての文脈において、品種ではなく、外来種と対で使われる生物種を指すことが多いのでここでは“在来品種“と呼ぶことにする)。在来品種は英語では”Indigenous variety”あるいは”Native variety”等と表現される。いずれも、”原産の品種”あるいは”土着の品種”という意味である。約1万年の農耕の歴史の中で作物の育種が意識的・積極的に進められてきたのは、この200年程のことなので、それまでの約1万年の農耕は・・・ほとんど全部ですね・・・それぞれの土地柄や人々による利用法に合った在来品種によって支えられてきたことになる。それを育て上げてきた人々が農民であると言う点は、遺伝学に基礎を置く今日の近代的な育種が専業とする人々に担われているのとは様子が異なる。

 途上国においては、今もこうした在来品種が利用されているが、そうした在来品種も20世紀中頃から各国政府やFAO傘下の国際機関が進める育種事業の成果である近代的な多収品種に徐々に置き換わってきている。それは単に政府の主導する政策だからではなく、生産性の高い品種を導入して農民が経済的に豊になれる数少ない機会であるためだろう。
 こうした状況は、食糧需給の量的な改善や途上国の農民の所得の向上という点で望ましいことではあるが、一方では農家において耕作を通じて維持されてきた在来品種の急速な消失にもつながってきた。そこで、1993年の生物多様性条約(CBD)の発効以来、FAOや各国が協力して各種作物のin situ conservation(生息域内保全)が盛んに行われるようになってきた。2010年にまとめられた植物遺伝資源に関するFAOの報告書”FAO the second report on the world Plant Genetic Resources”(PDF)においては、ここ10年間のこうした取り組みが一章を割いて報告されている。この報告書によれば、技術を持った人的資源の不足、資金の不足、各国の適切な政策の不在、農村コミュニティーの弱体化、外来種の侵入、気象変動等によって、生息域内保全が必ずしも上手くいっていないことが覗われる。要するに、生産性の低い在来品種については、これまでのような農民だけに依存した保全活動は既に世界各地で限界に達しており、政策的・資金的な支援も十分に行われているとは言い難い状況にある。

 一方、近代的な育種について言えば、20世紀に入ってからは、国や民間企業による主要作物の組織的な育種が盛んに行われる様になった。イネ、コムギといった主要穀類を例に取れば、日本では古く(1930年代)は磯永吉氏らによる蓬莱米育成のサクセス・ストーリーが有名であるし、国際的には、CYMMITのDr. Norman E. Borlaugらによるコムギの「緑の革命」、IRRIのチームによる多収イネ品種IR-8等の育成(こちらはBreederがDr. Jennings, Dr. Beachel, Dr. De Dattaなど)など、多くの事例に事欠かない 。ちなみに、IR-8のリリースは1960年代後半(少なくとも1966以降)で、それが徐々に広まるまでの間、バングラディシュ、インドなどを中心にMahsuriと呼ばれるインディカ稲(正確には日印交雑に由来する雑種)の品種が非常に広く普及していた。MahsuriはIR-8等の短稈品種の栽培に向かない地域では1980年代まで利用されていた(現在でも一部で利用されている)。こちらはあまり語られることはないのだが、1958年(昭和33年)から途上国の支援計画であるコロンボ・プランの一貫として日本の水稲育種の専門家4名(Y. Yamakawa, K.
Fujii, J. Kawakami, and S. Samoto.
)がイギリス植民地から独立して間もないマレーシアに派遣され、その育成にあたっていた(分子生物学に支えられた農業生物資源の利用と将来、2011、p. 35)。今と違ってODAの資金協力ができなかった時代のことである。

 イネやコムギのような自殖性作物では組織的育種の担い手が主に公的機関であるのに対して、合衆国のトウモロコシ育種では事情が異なっている 。トウモロコシは、雄花と雌花が別々のタイミングで咲くこともあり、代表的な多殖性植物(通常は自家受粉せずに他の花からもらった花粉で受精する植物)である。合衆国でも、自殖系統同士の交配による雑種強勢の研究自体は、公的研究グループによって1930年代前半から進められて来たが、一旦、雑種強勢育種法の理論ができあがってしまうと、1930年代中頃から事業ベースの育種はPioneer Hi-Bred社など民間で行われるようになってきた。近年、F1品種については農家が自家採取できないとか、民間企業が種子を独占する等様々な風説があるが、ことトウモロコシのF1品種の利用に付いて言えば既に70年以上の歴史があり、F1品種に固有の営農上の問題は知られていない。

 なお、合衆国の主要農作物育種について言えば、トウモロコシは前述の通り民間を中心に行われてきたが、コムギについては大学やUSDAなど公的機関を中心に進められている。USDAから2001年にPaul W. Heisey, Chittur S. Srinivasan, Colin G. Thirtleによる” Public sector plant breeding in a privatizing world”(民営化する世界における公共部門の植物育種)という報告書が公表されており、欧州や北米のトウモロコシ育種、コムギ育種等における公共部門の社会的な役割の重要性が強調されている。中でも、Table 5にはトウモロコシ、コムギ、ダイズ、ワタ、ナタネにおける民間育種の作付け割合の推定値が示されているが、これは非常に興味深い。例えば、合衆国のトウモロコシの民間育種の割合は1980年には既に100%で、1997年にも100%のまま。これが、コムギの場合になると1980年には民間の比率がわずか5%だったのが、1990年代後半には24%、同様にダイズでは1980→1997は8%→70-90%となっている。トウモロコシで飽和したシードビジネスがダイズやコムギにも拡大してきている様子が描き出されていようにも見える。このような報告が出された背景には、報告書の表題から伺えるようにUSDAの公的育種の役割の縮小に対する危機感があるのかもしれない。

 興味深いことに、ほぼ同時期2000年には英国の独立系シンクタンク(ODI)からRobert TrippとDerek Byerleeによる”Public plant breeding in an era of privatisation”という民営化の行政圧力下における農業研究のあり方を問う報告書が纏められている。こちらの論調はUSDAのそれと違っていて、民間育種の推進を公的研究機関がどう担い、補完するべきかという視点である。この違いは、両国の民間育種の活力の違いを反映しているのかもしれない。

 これらの国々では「作物育種」の担い手を取り巻く世界的状況は20世紀末から急速に民営化へと向かっていることを示している。それは丁度、日本において、農林水産省の試験研究機関が独立行政法人化した時期(2001年)が、奇しくもこれらの動きと一致している。

 私は個人的には、合衆国のトウモロコシで民間育種が拡大してきた背景には制度的な理由があると考えている。合衆国の種苗法PVPAでは、育成者権に対して権利が及ばない幾つかの例外を設けている。その一つは育成者権(Breeder’s rights)に対抗する農民の特権(Farmer’s privilege)である。

PVPA TITLE 7 > CHAPTER 57 > SUBCHAPTER III > Part K > § 2543 § 2543.
Right to save seed; crop exemption Except to the extent that such action may constitute an infringement under subsections (3) and (4) of section 2541 [1] of this title, it shall not infringe any right hereunder for a person to save seed produced by the person from seed obtained, or descended from seed obtained, by authority of the owner of the variety for seeding purposes and use such saved seed in the production of a crop for use on the farm of the person, or for sale as provided in this section. A bona fide sale for other than reproductive purposes, made in channels usual for such other purposes, of seed produced on a farm either from seed obtained by authority of the owner for seeding purposes or from seed produced by descent on such farm from seed obtained by authority of the owner for seeding purposes shall not constitute an infringement. A purchaser who diverts seed from such channels to seeding purposes shall be deemed to have notice under section 2567 of this title that the actions of the purchaser constitute an infringement.

 要するに、PVPAでは育成者権を持つ者から合法的に買った種子の保存とは種用の増殖は、育成者権の侵害に当たらないと明言している(この適用除外はおそらく日本の種苗法の農家の自家採取の特例よりも強力である)。種苗会社が農家に売り渡す種子の価格が安ければ、農家はわざわざ自家採取しないだろうけれど、この条文は制度上、種苗会社は最初に農家に種子を売り渡したとき以外は収益を上げられない仕組みだということを示している。

 種苗会社が研究開発のための資金を回収できる機会は、基本的に種子の販売以外にはない。この制度の下では、安定した能力の種苗を得るために毎年種子を買わなければならないF1品種では、種苗会社に経済的な動機が働くが、コムギのような自殖性の作物ではそれほど強力ではなかったと言うことを示しているのではないだろうか※※(同じ自殖性作物でもダイズはそうなっていない。これについては、また別の項であつかう)。

 ちなみに、一般財団法人 知的財産研究所の特許庁委託産業財産権研究推進事業報告書、ムリエル・ライトブルーン氏による”日米欧における植物保護と知的財産権”(2004)(PDF)によれば、「米国においては1924年まで政府による農業者への種子の配給が行われていた」とある。国土の広い合衆国のことであるから、政府による種子の生産がよほど大規模でなければ、それだけで農家の生産用種子への需要を満たすことができるとは考えにくい。もしかするとFarmer’s privilegeを広く認めることで、農家同士の種子の融通を積極的に行わせ、政府の負担を軽減させる狙いがあったのかもしれない。

Participatory Plant Breeding  (PPB)

 近代的な多収品種は在来品種とは生育特性が異なるため、水利や施肥の条件を整備できない農民にとっては、その潜在能力を十分発揮できないリスクがある。また、政府や国際機関による近代的育種は農民やNPOから見て実際の現場から乖離した「押しつけ」と見られる風潮がある。そこで、「緑の革命」への反省から1980年代から農民参加型の育種(Participatory Plant Breeding, PPB)というあり方が模索されている。これまた、本が1冊できあがるほどのテーマなので、軽く流す。詳しく知りたい方向けに、FAOの書籍(PDF)を紹介しておく。S. Ceccarelli, E.P. Guimarães and E. Weltzien (Eds.) (2009) Plant breeding and farmer participation (ISBN 978-92-5-106382-8).

 大雑把に言えば、試験場ではなく現地で、育種家だけでなく農民、育種家、遺伝資源研究者、社会科学者が、“socially correct”な育種を目指す取り組みである。それは、多収品種にあわせた営農方法を農家に求めるのではなく、農家と市場のあり方にあわせた品種を現地で開発するという視点の転換である。

 在来品種では達成できなかった多収性を持ちながら、伝統的な営農スタイルに寄り添い、緑の革命に代表される大きなinputを要求する品種ではなく、持続性の高い品種、理想は高いが現地密着型であるが故にその成果は地域を越えて広がる性質の物ではないため見えにくい物になりがちである。現在FAOを中心に途上国で複数のプログラムが進捗中であり、その成果が広く認知されるようになるまでにはまだ時間がかかるだろう。

 なお、このスタイルの育種では、在来種の選抜では育成者権は設定できないし、新品種を育成した場合でも、おそらくは育成者権が設定されることはないと考えられる (ただし、CGIARセンターの関与するプロジェクトの場合は育成者権を設定するかもしれない。金主によりけり)。

こんな具合に、今日もどこかの誰かが植物の品種を育成している。

(この項、次回へ続く)

---

 佐本四郎先生の報告書:DC-7, Mahsuriの名はまだ付いていない? http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/54960/1/KJ00000132555.pdf

※※ 1970年に成立したPVPAがその後のコムギ育種のR&Dを進めた可能性についての計量経済学の論文がまとめられている。民間育種の割合が1970年の3%から1990年代の30%に増大した経緯を分析しているが、私の理解を超えているので紹介だけ。(素人なりには、仮説の検証に失敗しているようにしか見えない) Alston, JM. and Venner, RJ. (2000) The effects of the US. plant variety protection act on wheat genetic improvement

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