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2011年6月 3日 (金)

ソルガム遺伝資源の利益配分を巡る懸念

忙しい方のためのサマリー

 ノルウェーのNGOから次のような報告書が発表されている。「ソルガム遺伝資源からの利益配分では、多国間システム(MLS)は上手く機能しないだろう。
 ICRISAT(FAO傘下の半乾燥帯農業についての国際研究機関)のコレクションよりも、それと重複するUSDAのコレクションの方がよく利用されていて、しかもsMTAの制限が付いていないからだ。この状況は合衆国がITPGRを批准しても変わらないだろう。」
 USDAのソルガム遺伝資源の配布のあり方を例にITPGRの運用改善を求める論調。ICRISATのソルガムのコレクションがもともとロックフェラー財団と、USDAによって維持・管理されてきたものが1974年に寄贈され、以来ICRISATのコレクションの中心になっている。FAOが品種保存に動き出すよりも前からロックフェラー財団の地道な農業支援が続けられてきた結果なのだから、現状でも重複があるのもむしろ当然のこと。
 だが、その重複はMLSに資金を還元する可能性を一定程度引き下げるものかも知れないが、努力と資金次第ではICRISAT独自のコレクションの価値を高めることもできるだろう。

※ 略語の説明は以下で。

 ソルガムという作物がある。ご存じの方は以下を読む必要はないけれど、馴染みのない方のために手短に説明すると、

 学名Sorghum bicolor イネ科の作物で熱帯アフリカ原産。別名をモロコシあるいはコウリャン(高粱)ともいう。草丈は1.5-3 mまで生長し、強健で乾燥や塩害などの環境ストレスに強く、トウモロコシが栽培できないような環境でも栽培される。世界での収穫面積ベースではコムギ、トウモロコシ、イネ、オオムギに次ぐ第5位(FAO STAT 2009)。用途は、子実を食用、飼料用、加工用(酒)に利用する。また、青刈りして家畜飼料(サイレージ)にする。近年はバイオマス作物としても注目されている。

というもの。写真はこんな感じ

 ノルウエーのNGO、the Development Fundが2011年3月7日に次のような報告書を公表し、ソルガム遺伝資源についてICRISATが標準材料移転契約書(sMTA)の条件の下で配布している遺伝資源と、USDAの無償で配布しているソルガム遺伝資源を比較して、ソルガムにおける多国間システム(MLS)の有効性と今後の見通しについて議論している。

How US sorghum seed distributions undermine the FAO Plant Treaty’s Multilateral System. (2011) Edward Hammond

http://www.u-fondet.no/English/Publications/Reports%3A+Access+and+Benefit+Sharing.b7C_wBjS1S.ips

主な論点は次の通り。

1.    USDAが配布条件無し、無償で配布しているソルガム遺伝資源とICRISATがsMTAで配布しているソルガム遺伝資源との重複は、保守的に見積もって半分程度あると推定される。(全数の7.2%の標本調査)
2.    近年はUSDAからの配布が伸びているのに対してICRISATからの配布は伸び悩んでいる。
3.    配布を受けている商業ベースの育成者はUSDAのソルガム遺伝資源をより好む。
4.    このことから、ソルガムについてはMLSによる利益配分はうまく機能していない。
5.    テキサスM&A大学のように、既にUSDAからの無償配布で大きな利益を組織があり、今後もそのままであるならば、仮に合衆国がITPGRを批准しても、ソルガム遺伝資源についてはMLSは機能しないだろう。

 ICRISATのホームページにもあるように、同研究機関のソルガム遺伝資源のコレクションは草創期においてロックフェラー財団の支援やUSDA、プエルトリコからの材料の寄贈を受けている。(*)

 一方、ITPGR(国連食糧農業植物遺伝資源条約)が国連で採択されたのは、2001年11月。ITPGRはCBD(生物多様性条約)と調和を保ちつつ、共通の国際ルールの下で食糧農業遺伝資源の持続的な利用(保全とアクセスとの両方)を円滑に進める為の条約。多国間システム(MLS)を構築し、食糧農業遺伝資源から得られた利益を「公正かつ衡平に配分」することで、食糧農業遺伝資源の持続的な利用を目指している。
※ 未だかつて実現されたことがない無い長期に亘る利益配分の仕組みであることから、これは一種の大規模な社会実験でもある。

 時系列で言えば、ロックフェラー財団の支援によるICRISATのコレクションの成立が先で、ITPGRの発効はその24年後である。多くの国際条約や法律がそうであるように、ITPGRもまた、過去に遡ってルールを適用する「遡及適用」は出来ないことになっている。また、合衆国はITPGRを批准していない(2011年6月現在)。従って、USDAに保存されているソルガム遺伝資源は、現時点でMLSに供託されていないし、それをMLSの管理下に置かなければならないというルールも存在しないため、USDAのコレクションの配布の際の条件は合衆国の独自のルールに委ねられている。即ち、利益の見返りを求めず、第三者への譲渡についても制限はない。

 見返りを求めずに無条件で遺伝資源を配布する。実に気前の良い話だ。遺伝資源の原産国がそれを行うのであれば美談で済むのだが、アメリカ合衆国(USDA)がアフリカ等他の地域原産のソルガムの遺伝資源を無償・無条件で配布していると事情は変わってくる。食糧農業遺伝資源から得られた遺伝資源を公正かつ衡平に配分して分かち合う---そして、得られた利益で遺伝資源の保全を行う---ためのシステムを維持するためには資金が必要だ。ICRISAT等の国際機関や、ITPGRの締約国では知的財産権の設定されていない食糧農業遺伝資源(のある部分)を、MLSに供託しており、ITPGRでは、食糧農業遺伝資源から得られた利益の一部をMLSに還元する仕組みになっている。従って、MLSによって運用されている---つまり、利益の一部を国際社会に還元する義務を負う---食糧農業遺伝資源と全く同じものが、見返りを求めずに無条件で配布されている状況はMLSにとっては手強い商売敵がいるのと似たような状況だ。そして、近年ではUSDAからのソルガム遺伝資源の配布点数がICRISATからの配布を凌駕している。

 それでも、合衆国がITPGRに加盟してさえくれれば、以降のUSDAからのソルガム遺伝資源の配布はsMTAに従って行われ、MLSに利益が還元されることが期待されるのであまり問題はないように思われる。しかし、上記のNGOの報告書では、ここでさらなる問題点を指摘している。それは、1960年代(もう50年近くも前だが)にロックフェラー財団の支援でテキサスM&A大学においてソルガムの育種プログラムが始められ、今日も継続していることと関係している。テキサスM&A大学は2005-2010年に、USDAから既に1万8千系統以上のソルガムを導入している。この系統数はUSDAのソルガム遺伝資源の約半数にあたる。そして、テキサスM&A大学は合衆国がITPGRに加盟した後でも、これらの遺伝資源をsMTAに縛られずに、無制限に---民間企業にも—配布することができる。また、合衆国内のバイオ燃料企業もすでにUSDAから数千系統のソルガム遺伝資源の分譲を受けており、彼らも、同様にMLSに利益を還元する義務を負わない。

---

 要するに、USDAのコレクションと重複したICRISATのソルガム遺伝資源は、利益が得られた場合はMLSに利益配分することを求められるので、経済的な動機から見ればUSDAのコレクションよりも魅力的ではない、という指摘だ。

 それは、そうかも知れないし、あるいはそうではないかも知れない。数がなければお話にならないが、数だけあれば何とかなるものでもないのが遺伝資源である。特定の目的に有用な遺伝子は、遺伝資源の集団内にごくまれにしか見られない。どれだけ数があっても、そのほとんどは特定の育種目的には叶わない。特性を評価し、コレクションを整理し、意味のある形質を選び取る人手が加わって初めて遺伝資源は価値を発揮する。そういう意味では、USDAのコレクションと重複しているICRISATの系統についてはMLSには利益が還元されないかもしれない、という主張もまた「見込み」にすぎない。もともとMLSへの利益の還元は、ITPGRより先に運用されていたUPOV条約(育成者権保護のための国際条約)に優先することが出来ないため、種苗から得られた利益のMLSへの還元は義務ではなく、奨励されているだけなので確実性に乏しいメカニズムなのだから。

 有用な遺伝子が、たまたま重複した系統に含まれているかもしれないという「捕らぬ狸の皮算用」でもって悔しがっていても仕方ないではないか。独自のコレクションの評価をして優れた形質を発見して付加価値を高める方がずっと建設的だ。ソルガムではないが、ICRISAT同様、CGIARのセンターであるCIMMYTはケニアやエチオピアのコムギの遺伝資源を利用して、大抵の抵抗性品種に被害を与える新型黒さび病菌Ug99に対して、抵抗性を持つ新しい品種の開発に成功したという例もある(*)。もっとも、これも英国、合衆国政府やビルゲイツ財団の資金面での支援があって初めて達成できた成果なので(*)、遺伝資源のスクリーニングや品種開発には長期に亘る継続的な投資が必要なことは間違いない。

 なんだかこのNGOの報告書、合衆国がITPGRに加盟した際に何らかの理由を付けて拠出金を出させたいというITPGR事務局側の意図が見え隠れしているように感じるのは、私の思い過ごしだろうか。

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