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2011年2月21日 (月)

(メモ) 肉と魚の供給量

農林水産省の食料需給表の品目別累年表から、魚と肉の国民一人当たりへの供給量をグラフにしてみた。昭和35年から平成18年にかけてのデータ。
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/index.html
Fig1
 緑のラインは魚介、青のラインは肉。国民一人当たりの年間供給量をkgで表している。魚介の供給量は概ねフラットなのに対して、肉の供給カーブは良く見ると昭和60年頃を境に伸び率が鈍っているように見える。バブル景気の時代にはほぼ飽和したということだろうか。
 ちょっと惜しいのは最近のデータが無いこと。魚介の供給の低落は2000年頃に始まっているのだが、景気の低迷を受けているのだとすると最近はもっと供給量が減っているかもしれないのだ。
 ともあれ、これらの合算が日本人の食卓に提供される動物性タンパク質のほぼすべてであり、この合算を大きく超えて日本人がタンパク質をむさぼることはあまりなさそうだ。あるとすれば、魚介から肉へのシフトか、経済環境の悪化によるタンパク質の供給量の縮小くらい。ここ10年くらいは、タンパク質の供給量については必要量を満たして飽和しているといってもいいのかもしれない。

 ここで、このグラフにもう一本折れ線を加えてみる。
Fig2
 新しく加えられた赤いラインは、鯨肉の国民一人当たりの年間供給量をkgで表したもの。荒っぽい推定だけれど、昭和35年頃には肉類の30%程度が鯨肉だった。家畜飼料となる穀類の輸入も十分にできなかった時代には、鯨肉は貴重なタンパク質資源だったと考えられるのだが、その後の高度経済成長期を通じてその比率は低下し続け、そして今日に至る。

 捕鯨禁止は、米国やオーストラリアの食肉ビジネス側の陰謀だという言説もあるが、データを見る限り、シェアがほぼゼロの鯨のバッシングに一生懸命になっても畜肉の消費が増えるという合理的理由はなさそうだ。
 一部地域では鯨肉は食文化かもしれない。私の田舎でも、子供のころは正月には鯨汁を神棚に供え、"くじらおばけのぬた"(えーと、標準語で言うと”さらし鯨の酢味噌和え”)を食べたものだ。まあ、どちらも口に合わなかったので大嫌いだったが、畜肉の代替品ではなかったという意味で一つの文化的側面はあったのだとも思う。だが、それが無くなっても私は惜しいとは思わない。
 また、海賊まがいの環境保護団体の妨害で調査捕鯨を断念するのだとしたら、それは腹立たしいことだ。調査捕鯨は科学的データを得るための資源調査なのだから。また、”牛や豚はおいしいけど、鯨がかわいそう”という感情論に加担するつもりもない。

 しかし、調査捕鯨が商業捕鯨の再開を前提とする科学的調査であるならば、今やそのニーズは限りなく小さくなってしまったのではないだろうか。と、このグラフを見ながら考え込んでしまった。

 ネットで調べてみると、平賀教雄氏同様の主張をされている模様。以下引用。

農水省が発表している食糧需給表によれば2006年度正味食肉供給量の概算値は牛肉;70万7千トン、豚肉;1百47万1千トン、鶏肉;1百35万7千ト ン、鯨肉;5千トンとあります。鯨肉は食肉供給量の0.14%を占めるに過ぎません。よしんばこれが10倍(これは捕鯨のモラトリアムが発動する前、 1978から79年の水準です。当時ミンククジラを3,000頭ほど捕獲していた。これから先ここまでの捕獲量は望むことはできないのでしょう?)になっ たとしても、1%をわずかに超えるだけで日本国民の食の安全保障にはほとんど貢献できないのではないでしょうか。

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コメント

ツゥィッターから来ました。春日部幸一と申します。ツィッターのIDはkasugabe1111です。宜しくお願いします。

Domonさんも平賀さんも(平賀さんは知っててわざとですが)肝心な事を忘れたまま書いておられます。

それは、鯨肉の供給量が日本国民年間一人当たり100g以下しか供給されない現状では年間1kg2kg消費する方法が無い、という当然の事を、ですが。

domonさんは「高度成長を通じて鯨肉消費が下がった」平賀さんは「モラトリアム以前から既に下がっていた」と其々書いておられますが、そもそも「モラトリアム・商業捕鯨一時停止」はその名の通り、「商業捕鯨を一時、全面的に停止しますよ」という事で、それよりももっと前の段階で、「商業捕鯨は出来るが、捕獲可能頭数・捕獲可能鯨種」は1960年代から既に規制がかけられていた、という事情があります。

時系列を示したソースとしては→

http://www.infosnow.ne.jp/~whale/w-history.htm

http://luna.pos.to/whale/jpn_zat_manage.html

が分りやすいかと思います。


なので、「高度成長期」・モラトリアム以前に」日本国内に供給される鯨肉の量は最盛期に比べどんどん右肩下がりになっていた、という事情を踏まえずに、「鯨肉は人気がなくなったから消費量が落ち、それにつれて生産・供給も減った」と書くのは大きな間違いで、それを以前から色んな所でわざとやってる平賀さん(私この方を個人的に存じております)は酷い事実歪曲をやってる、という事です。


それから、今後の鯨肉の生産量ですが、流石に「現在の」家畜肉並みとは行きませんが、商業再開時には差一定でも今の調査副産物生産量の10倍以上の首領は期待できますし、今現在表面化しつつある穀物(当然家畜飼料も)危機・食糧問題を考えれば、畜肉の充分代替とはいきませんが、その消費へ追い風が吹く事は間違いありません。

世界中で表面化しつつある穀物大減産・不足・高騰→
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/chronicl_food.htm

また、今後の商業採算性や捕獲可能枠・生産量については→
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1454993009

ツゥィッターでdomonさまへのレスを書いた後でもう一度この記事を確認しなおしましたが、やはり平賀さんと同じ論旨をで書かれている様なので。

「ニーズの減少」が先ではなく、「捕獲枠規制による供給の制限・減少」が先である、という事です。
IWCでの捕獲総量(BWU換算という換算方式を使ってます)は62年をピークにどんどん下がり、70年代には急降下して、実際には一度も乱獲対象になっていないクロミンクの捕獲枠まで不必要に3千頭まで減らされて、その少ない生産・供給の鯨肉の「消費(需要ではなく)量」が減ってしまったのは当然です。

これを逆に理解されて「みんな鯨肉が嫌いになったから捕らなくなったんだ」と至る所で宣伝されてるのが平賀さんです。
平賀さんが書いてるそのサイトとの連携を永らくやってらっしゃいますが、そこを読めばその「動機」がお分かりになるかと。


それと昨夜のコメントに添えましたソースの件もありますので「ニーズは状況に応じて変化する」とも言えるでしょう。勿論、持続利用範囲で最大限捕っても10万t程度でしょうが需要は「作らなくても」自動的に増える状況があれば増えますし、そこに供給できる限度までは供給する選択肢を態々捨てる理由もありません。

穀物原産に関しては真水資源の深刻な不足もありますし、既に数年来続いてる世界的な天候不順による不作は今後も酷くなりそうですから。

先にもリンクしたサイトの表で時代順に見てもらえば判る事ですので→
http://luna.pos.to/whale/jpn_zat_manage.html

1946/47 16,000
47/48 16,000
48/49 16,000
49/50 16,000
50/51 16,000
51/52 16,000
52/53 16,000
53/54 15,500
54/55 15,500
55/56 15,000
56/57 14,500
57/58 14,500
58/59 15,000
59/60 14,600
60/61 17,780
61/62 17,780
62/63 15,000
63/64 10,000
64/65 8,000
65/66 4,500
66/67 3,500
67/68 3,200
68/69 3,200
69/70 2,700
70/71 2,700
71/72 2,300


←の各年の隣にある数字は「シロナガスクジラで換算すれば何頭分に当たるか?という換算方式BWUで顕したその年度の捕獲数(量)です。
72年期以降は鯨種ごとに厳密な頭数規制が始まりまして、モラトリアム施行直前はクロミンクと北半球ミンクのみで(当時は他海域のミンクと区別しなかったので単にミンク)3千頭以下まで減らされてしまいました。

なので62年のピークから72年まででさえ1/8、ミンクの歩度はシロの1/20以下ですから62年から86年までの供給可能量低下は実に百数十の一以下にも下がってしまった、という事です。

これだけ極端に捕獲数が減らされれば消費したくとも不可能ですよね。

 このエントリーのテーマである「肉と魚の供給量」に論点を置いて補足致します。春日部幸一さんから捕鯨量の規制枠についての情報をいただきましたので、それをもとに一つの推計を行いました。春日部幸一さんの情報提供に感謝いたします。

 日本の捕鯨は1960年代には規制を行っていたという点について、紹介いただいたソースを確認しました。それに基づいて推計すると、捕獲枠で1960年並みの16,000頭確保できれば、人口が1960年並みであれば供給量としては日本国民一人当たり2.4 kgに相当します(食料需給表)。日本の人口は1960年当時は9,410万人程(世界銀行のデータ)。2006年時点では1億2,776万人程なので(世界銀行のデータ)、供給量としては日本国民一人当たり1.8 kg弱に相当します(推計)。2006年の日本の食肉全体の供給量が28 kg/人/年(食料需給表)ですので、その量は食肉全体の6.4%程になります。
 一方、食肉自体の供給量は1960-2006年の間に5.6倍(5.2 kg→28 kg)になっており、その増加分については、もともとたかだか数kgの供給量しかない肉の供給量の減少からくる代替で説明のできる量を超えています。この増加率の大きさが、計算上、食肉の供給量全体に占める鯨肉の”比率”の低下を招いています。
 以上、春日部幸一さんからご提供いただいた資料をもとに、1960年当時の水準の捕鯨が可能であった場合の日本の食肉供給に占める鯨肉の割合を計算した結果です。

 以上の結果をもとに、上記エントリーで私が「調査捕鯨が商業捕鯨の再開を前提とする科学的調査であるならば、今やそのニーズは限りなく小さくなってしまったのではないだろうか。と、このグラフを見ながら考え込んでしまった。」という点について、もう一度考え直す余地があるかといえば、「仮に50年前と同程度の捕獲量があっても、食肉全体に占める鯨肉の割合はやっぱり少ないなぁ、他に動物性タンパク質はあるし」という点では何ら変わりません。

 なお、繰り返しになりますが、私は捕鯨自体には何ら反対しておりません。持続性や経済性に問題がなければ、動物性タンパク資源の多様化という点では商業捕鯨もありです。その点については、平賀教雄氏の主張とは異なります。

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