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2010年6月6日 - 2010年6月12日の記事

2010年6月12日 (土)

私がiPadを買わない2つの理由

 最近、iPadなるタブレット型コンピュータが流行っている。しかし、私はどうにもあれを使う気にはなれない。
 Adobeのフラッシュに対応していないとか、重さが730gあるとか、8万円ほどするとか、シングルタスクだとか、iPhoneがG4に対応したのだから、どうせすぐにiPadもG4版が出るとか、そういった理由ではない。
 私は別にAdobeのフラッシュに依存してはいないし、旧約聖書のモーゼの石板のごとくコンピュータを抱えて使う趣味はないし、価格はまあNet bookよりは高いけど普通のノートPCよりはるかに安いし、あの画面のサイズはマルチタスクはあまり意味がない。だからそういう理由でiPadを使う気になれないという訳ではないことははっきりさせておく。
 しかし、「どうせすぐにiPadもG4版が出る」というところは、私がiPadを買わない理由に深く関係している。私がiPadを買わない2つの理由は次の通り。

  1. 私の職場は、携帯の電波がほとんど届かない。しかも、WiFiも使えない。つまり、iPadがあってもネットにつながらないので、仕事の時間帯の利用価値がきわめて低い。
  2. 勤務時間中を除けば、私がネットを使う時間帯の大半は家にいる。家にいる間はノートPCかデスクトップPCで用が足りる。通勤時間が毎日2時間以上あった頃ならともかく、現在は毎日の通勤時間が往復でも20分以内(!)なので移動中にネットを使うこともない。

という訳で、タブレット型コンピュータを使うシーンが想像できないのです。まあ、あればあったなりに使うんでしょうけど、キーボードが使いにくそうなんであまり近寄らないだろうな。
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2010年6月 8日 (火)

わかりやすい帰納法の一例

 今は亡き昭和の爆笑王、桂枝雀師匠の住吉駕籠のまくら(論文で言うところのintroductionですね)では、東京-大阪をむすぶ鉄道を題材にこんな話が繰り広げられます。演目は関西の落語、”住吉駕籠”です。

 今から20年前の当時は東京-大阪間が3時間10分、これがいつの間にやら3時間5分。3時間5分が3時間。これが2時間55分、2時間50分。今、一番早い「ひかり」のタイプのもので2時間43分までなったという話でござます。えらいものですねぇ。

 知らず知らずのうちに早くなっているという・・・知らず知らずといいましても知っている人が知っているというと思うんですけど。
 わたしなんぞは3時間10分で十分だと思うのですけど、油断できませんね、リニアモーターカーというものができるんだそうで・・・。これができると2時間30分どころじゃございませんで、走り始めると東京-大阪間が1時間で行っちゃうんだそうですからな、これはもう早いですよ。

 ですけどねぇ、走り初めは1時間ですけど、そんなものは1時間ではおさまりませんよ、人間には欲望というものがあってよりファスターによりファスターにと考えますから、1時間が50分に、もののながれがそうですからな、「50分になったねぇ」なんて言っておりますと、これはおそらく40分になるでしょう。40分になると、まあ30分になるのは必然ですからな、「大阪-東京が30分になりましたなぁ」なんていってると、これは20分で行くようになりますな。「20分で行くんだって」といってると、15分になります。15分になれば、もう自ずから10分になりますね。

こうなるともう大変で、駅弁なんか買って大阪から乗りまして、「動き出しましたね。弁当でも食べましょうか」なんて言ってると、「東京ー」なんて・・・。お弁当をいつ食べればいいのやら。

 さて、この1時間の所要時間がなんやかやで10分まで逓減するであろうと言うのが、帰納的推定なんですね。農薬検査などでおなじみのサンプリング調査は、全体集合の一部を調査すれば、後はだいたい同じというなんだかいい加減な推定法です。

 とはいえ、この推定が成り立つにはそれなりの根拠もあって、例えば住吉駕籠のマクラで言えば、

人間には欲望というものがあってよりファスターによりファスターにと考えますから

と言う部分。なにかの原理的な保証が背景にあるので、一定の傾向が維持されるという訳です。このあたりさりげなく解説しているあたりは流石は枝雀師匠です。

 農産物のサンプリング調査も、たとえば産地、生産者、生産時期が同じロットについては推定が成り立ちますが、だからといって他のロットについての検査結果を保証するものではない、ということです。

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 「名前を呼んではいけないあの人」が君臨されることが決まった日、記す。

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2010年6月 7日 (月)

「科学技術基本政策策定の基本方針(案)」への意見

 「科学技術基本政策策定の基本方針(案)」に意見を寄せるべく読んでみました。全般的なトーンとしては、実用化研究、基盤研究、基礎研究+人材育成という編成で、概ね無理筋のことは書いていません。まぁ、主に研究独法が担っている基盤研究についての言及はわずか1ページしかありません。組織形態をこれから変えようというのであれば、あまり書けないのかもしれませんし。ということで、仕事に直接関係するような意見は書きませんでした。

 ただ、これはいただけません。

こうした取組も通じ、大学及び研究開発機関における外国人研究者の比率を 10%とすることを目指す。(P)

そこで、

 “こうした取組も通じ、大学及び研究開発機関における外国人研究者の比率を 10%とすることを目指す。(P)”とありますが、「研究機関」を単位として外国人研究者の比率を設定すると、なにがしかの研究分野の研究能力が強化されるという知見あるいは一般的な常識でもあるのでしょうか?
 海外の研究者が研究の場として日本を選ぶのであれば、それは日本で行われている研究に参画することに魅力があるためであって欲しいのです。日本の「研究機関」では外国人の雇用枠が保証されているために、他国で就職するよりも競争が緩やかである、と言う理由で日本を研究の場に選ぶのであれば、それは日本の研究現場の研究能力を強化することにはつながりません。国籍とは無関係に、どこで競争しても通用する資質を持った研究者が日本を研究の場に選ぶような魅力を醸成する施策でなければ意味がありません。
 たとえば一つの研究単位が10名を切るのが普通な研究所では、平均10%という目標数値を無理に達成しようとすると、日本人PI一人が任期付きの外国人研究者多数を雇って消耗品のように使い捨てにした上、雇い主の研究機関からは他の部門の数値目標達成を手助けしたご褒美として研究費の上乗せをせしめる不健全なラボ、という一種のディストピアの出現が容易に想像されます
 今は経済的な理由から日本で働きたい海外のポスドクが居る状況ですから、それは外国人研修生制度のアカデミック版となる現実性を帯びています。日本の研究の国際競争力の強い分野の中でもマイナーな研究分野では、そもそも外国人研究者の国際比率が少ないこともありますので、研究者の雇用に分野を問わない一律な数値目標を設けることには反対です。

という訳で無根拠な数値目標に反対。また、マクラでかつて経験したことのない早さで高齢化が進むと書いていたくせに、それを受けた施策が弱いなぁということで、理工系高齢者の再雇用は如何という提案。

理工系シニア・セカンドキャリアのすすめ
 このセクションでは、若者と女性の支援を中心に述べられておりますが、これから世界に類を見ないスピードで高齢化社会を迎えるわが国の将来を考えるのであれば、科学技術の担い手としての高齢者にも科学技術基本計画の中で一定の位置づけがあって然るべきではないでしょうか。
 科学者・技術者としての社会的な役割を果たしてきた理工系のキャリアを持つ高齢者の皆様には、豊かな人生経験があり、生活の中の科学技術や科学技術の変遷について実体験はそのまま眠らせてしまうには惜しいこの国の大きな財産です。
 中学や高校の教育現場で、このような先達の経験をお話頂くのもまたサイエンスコミュニケーションの一つのあり方ですし、科学博物館等で展示の解説をしていただくのも良いかも知れません。また、既にリタイアされて研究の現場を客観的に見ることができると言う意味では資金配分の際の意見聴取の場や、研究資金のレビューの場においても現役の研究者よりも向いているかも知れません。科学技術の普及・啓発という意味では、日本学術会議のメンバーや、文化功労者、ノーベル賞受賞者など「特別な」高齢者でなくとも、理工系のキャリアを持つ普通の高齢者の皆様の持つ知恵やノウハウを眠らせておくのは勿体ない、再任用される高齢者と若者の労働力が競合しないように配慮しつつ、その力を今一度お役立ていただいては如何でしょうか。

 世間では、科学者というとお茶の水博士や晩年のアインシュタインの写真のイメージなのかもしれませんが、現実の科学者・技術者はどうひいき目に見ても普通のおじさん・おばさんです。ひいき目に見なければ、いけてないおじさん・おばさんが大半です。そりゃ、雇用形態は普通のサラリーマンですから、60歳で引退することを考えるとお茶の水博士のようなルックスにはなかなかならないものです。
 サイエンス・カフェのような普通の市民と科学者の交流のような場では、仲介役としては一般的なイメージに近い落ち着いた外見の方のほうが向いているように思うんですね。ボディビルやってますという研究者もひょっとしたら居るでしょうし、まぁ、ヘビメタ命という方もいるかもしれませんが・・・オリジナリティーは大切ですが、時と場合によっては、それらしい科学者像といいますか、既成概念にすり寄る方が良いこともあります。

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