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2009年7月12日 - 2009年7月18日の記事

2009年7月17日 (金)

トムラウシで遭難事件 -気象条件の判断がキーか-

私がトムラウシに登頂したのは、過去2回。もう20年ほど前になる。

トムラウシはアプローチが長い山だ。南からの沢登りであればトムラウシ温泉から2日だったか。こちらはそれほどでもない。北から白雲岳経由であれば、白雲小屋で一泊、ヒサゴ沼で一泊しても、1日の行動時間は6時間を越えるだろうか。天候がよければ何もいうことは無いほど快適な尾根上の縦走路だが、天候が悪いと待避所が全くと言っていいほど無い。

それだけに天候の予測が安全な山行の要だ。しかし、この季節に1日で10人遭難死(1名は美瑛岳)というのはかなり異常な事態だ。

大雪山系遭難、中高年ツアー客ら10人死亡

 北海道・大雪山系トムラウシ山(2141メートル)と美瑛(びえい)岳(2052メートル)で16日、悪天候のため登山客ら計2組24人が下山できなくなった遭難事故で、道警は17日未明から救助活動を開始した。

 トムラウシ山では18人のパーティーのうち8人が死亡したほか、1人で入山していた別の男性登山客が山頂付近で死亡しているのが、新たに見つかっ た。南西約15キロにある美瑛岳では、救助要請していた6人のパーティーのうち女性登山客が死亡。大雪山系での死者は10人となり、いずれも50~60歳代だった。

 トムラウシ山では、夜明け前の17日午前4時前から、道警山岳救助隊や消防隊員ら約40人や、道警と自衛隊のヘリコプター計4機が順次、捜索を開 始。山頂近くの北沼付近で男女計7人が見つかったが、4人は意識不明の状態だった。別の登山客は山の中腹の岩場などで動けなくなっているのが見つかり、それぞれヘリが登山口まで移送。救急車で病院に搬送された。

 また、美瑛岳で遭難した6人のパーティーのうち、死亡した兵庫県姫路市、尾上敦子さん(64)以外の5人は無事が確認された。

 16日は標高1500メートル付近で風雨が非常に強く、登頂を断念して引き返す登山客もいたという。帯広測候所の観測では、山系周辺は当時、推定風速20メートル以上の西風が吹いており、ふもと付近でも気温は10度前後まで冷え込んでいたため、道警は死因はいずれも低体温症とみられるとしている。

 トムラウシ山の18人のパーティーは、東京都内の旅行会社のツアー。愛知、広島、静岡、宮城などの50~60歳代の男女15人が参加、13~17日の日程で大雪山系を縦走する計画で、ガイド3人が同行。美瑛岳のツアーは茨城県つくば市の旅行会社が企画し、兵庫、埼玉の女性3人が参加。ガイド3人が同行していた。

(2009年7月17日15時10分  読売新聞)

1日のうちに複数のパーティーで散発的な事故が重なったのであれば、気象条件の急変が疑われるのだが、今回の件では一つのパーティーで8名亡くなったというのは何らかの判断ミスが疑われる。

朝日新聞の記事によると、

 ツアーを企画したアミューズトラベルの説明によると、まず女性1人が体温の低下で体調を崩し、ガイド1人とテントを張ってその場にとどまった。さらに4人が体調を崩し、テントで休むことにしたという。テントの外で男性1人が動けなくなっていた。

 残りの参加者9人は別のガイドとふもとを目指した。疲労から集団に追いつけない参加者もでて、集団はやがてばらばらになったという。このガイドは参加者2人を連れて下山し、その後、再び1人で山に入ったという。

とある。6人が動けなくなるまで行動したのは間違い。遠くからはるばるやってきて、日程にもあまり余裕が無かったので天候観測で1日待つということもできなかったのかもしれないが、ルートと参加者の特性をよく考えていなかったのだろうか。

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2009年7月14日 (火)

「自殺にはDNAが働いている」

人の一生のあらゆる場面で、DNAが働いているという意味合いにおいては、「自殺には何らかのDNAが働いていると考えられる」という言明もあながち間違いではない。

しかし、それはいかなる善行にも悪行にも、そして無意識の振る舞いにもDNAが働いているということであり、何も言っていないに等しい。

毎日新聞より。

鳩山邦夫前総務相:「自殺にはDNA働く」シンポで発言

 鳩山邦夫前総務相は12日、福岡県久留米市であった久留米大学主催のシンポジウムで「自殺には何らかのDNAが働いていると考えられる」と発言し た。自殺に関する研究を同大で進めてほしいとの趣旨の発言だが、自殺と遺伝を結びつけたとも受け取られかねず、論議を呼ぶ可能性もある。

 鳩山氏は、01年1月に自殺した中島洋次郎・元衆院議員について「家族にも自殺者がいた」と指摘。自殺を引き起こす要因などについて「久留米大で研究していただければありがたい」と述べた。【平野美紀】

自殺そのものには様々な動機が関与しており、遺伝で物事を言うのはあまりに単純化しすぎている。厚労省の自殺死亡統計に引用されている警察庁の「自殺の概容」よれば、遺書があったケースでは、自殺の原因トップ3は、健康問題、経済・生活問題、家庭問題であり、これらで約82%が占められている。もっとも遺書が無いケースが遺書のあったケースの二倍以上あるので、これらの原因にあまり重きを置かない方が良いのかもしれない。

一方、自殺とうつ病の関連は広く認められている。また、うつ病のリスクと遺伝の関係も研究が行なわれており、ヒトでも様々な環境要因の下で、うつ病になりやすい遺伝子型というものも存在すると考えられる。最近ではモデル動物も開発されていて、以前、理研ではうつ病のモデルマウスを開発していた

従って、”遺伝的要因 → うつ病 → 自殺” という緩やかな関係においては、遺伝子と自殺の間に一定の関連はあると考えてよいだろう。しかし、それでも環境要因による影響は非常に大きい。

例えば、厚生労働省の自殺死亡統計によれば、人口10万人あたりの自殺者の割合の年次推移を見れば、年々自殺者の割合が増えてきていることが分かる。
2b1

このような変動は、遺伝子で説明できるものではない。となると、社会的な要因で自殺に追い込まれている人々の割合が増えていると考えるべきであり、自殺の防止は国民の生命の安全を守る政府の責務でもある(だからこそ厚労省が統計を採って対策を練っているのだが)。

日本人の自殺による死亡者は年間3万人以上。これは交通事故死の約6倍、がんによる死亡の約1/10にあたる。

私は、マスコミが片言隻句を捉えて騒ぎ立てるのは好きではない。だからこの記事の尻馬に乗るのは本意ではない。しかし、著名な与党の政治家の認識として、自殺にはDNAが働いているので大学で研究して欲しいというレベルでは、政府が本腰を入れて自殺対策に乗り出す日はまだ遠いことのようでがっかりさせられる。

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2009年7月13日 (月)

デュアリスのリコール

以前乗っていたプリメーラは数回のサービスキャンペーンに該当したが、リコールは一度も無かった。

今回は、デュアリスの2箇所同時リコール+2箇所サービスキャンペーン。外側ドアハンドルが引いたまま戻らなくなる可能性、内側ドアハンドル部材の強度不足(あまり強く引くと取れちゃうらしい)、ワイパー駆動モーター防水シーリングの不良、リレー集中制御装置(一種の配電盤)のプログラム不良・・・いやはや。

土曜出勤の代休を利用してディーラーに修理に行って来た。結局、朝9:30に預けて、17時引き取りの1日仕事。返ってきた車は、洗車していただいたのでピカピカ。
# リコールは迷惑だが、自分で洗わずにすんだのは結構ありがたかったりする。

一台の自動車には2-3万点の部品が使われている。各部品の不良率が1ppm(=0.0001%)だとして、一箇所でも不良が合った場合リコールされると仮定すると(かなり厳しい条件だが)、リコール確率は、

p1 = 1 - (1 - 0.000001)^20000 から 1 - (1 - 0.000001)^30000
  = 0.0198 から 0.0296

概ね2-3%となる。これが4箇所同時におきる確率は

p2 = 0.0198^4 から 0.0296^4
   = 1.537 x 10^-7 から 7.629x 10^-7

0.1537ppmから0.7629ppm。一千万分の一のオーダー?この試算だと4箇所同時にリコールというのはあまりにレアな事象なので、自動車部品自体の不良率はもっと高いのかもしれない。

# 走る、止まる、曲がるに影響しない程度のリコールなら大目に見ますが。

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一つのダブルスタンダードが解消した

日本でも、”脳死は人の死である”・・・ということになった。

参議院で臓器移植法の改正案が成立した。参議院での議論の焦点や経緯については、議員の哲学を知る上で色々な見方ができそうだが、ともあれ衆議院の議決を受けてA案が採択された。

現行の臓器移植法は、臓器移植という一種の医療行為を行なう場合に限って、脳死を人の死としてきた。つまり、脳死状態のヒト(生物学的な意味での”人”)でもドナーとしての意思表示をしてこなかったヒトは、脳死状態でも”死んでいない”ことになり、臓器を提供しても良いという意思表示を行政的に認められる一定の方法で示したヒトのみが脳死状態になったときに、”死んだ”ことになっていた。

つまり、単純に

1.”亡くなった方の肉体 → では臓器移植の提供元になっていただきましょう”

ではなくて、

2.”脳が機能停止した方の肉体 → 臓器提供の意思がある場合のみ死亡と見做す → では臓器移植の提供元になっていただきましょう”

であったものが、単純に1.になった。

# 細かく見ていくと、脳死をヒトの死と見做す今回の改正では、年齢制限以外にも多くの制限要因が撤廃されたことになる。

今般の法改正では、医学的には同じ状態 -脳幹を含む全脳髄の不可逆的な機能喪失- であっても、肉体の状態を余所に、本人の意思を含めた周囲の社会的な環境によって生きていたり/死んでいたりという奇妙な状況は一応解消されるのだろう。

一方、これからの脳科学の発展如何では、脳死の定義がさらに変わってゆく可能性もある。脳の”不可逆的な”機能喪失とはどういうことか、脳死判定の対象部位は、「脳幹を含む全脳髄」か「脳幹」か、etc. そのあたりの議論は、今後の科学の発展を横目で見ながら深めていく必要があるだろう。

ともあれ、私の個人的な見通しでは、今後、再生医療が発展していけば、他人の臓器の提供を前提とした移植医療は再生臓器の移植と言う方向へ発展的に解消していくと考えている。そういう医療技術の発展の歴史的な流れを考えれば、この国が、そして日本国民が臓器提供という医療技術の一つの構成要素で、法律上の個人の死という重要な事柄を定義するという、奇妙で非常にad hocなものの見方から開放されたことは大変喜ばしい。

一方で、この法改正で”脳死判定”の持つ社会的な意義もまた大きく変わろうとしている。まだ心臓の動いている暖かな肉体が、法律上は既に死亡している遺体となった場合、その状態を維持する措置はもはや”医療”ではなくなる。これまでは延命措置として医療行為の一部と位置づけられていたものが、脳死判定をすることで病院の行なうべき業務の範囲から外れる可能性もある。退院した場合でも保険の適用対象から外れるのであれば家族の経済的な負担の問題もでてくるだろう。法律上の個人の死の定義は、行政的な影響範囲も大きいのだ。医師による「脳死判定の錯誤」に対する訴訟も起きては欲しくない。

# 議員は国民の代表なので、こういう影響の大きな決定を行なう場合でも、役所とは違って”パブリックコメント”は無いのだな。

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