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2009年6月15日 (月)

政治の前に沈黙する科学?

毎日新聞社の小島編集委員がこう書いている。

 遺伝子組み換え作物の栽培では、多くの自治体が科学には目もくれず、市民の“不安”に応えるために栽培を事実上禁止する条例をつくった。新型インフルエンザ騒ぎでのマスク奨励も科学軽視の一例だろう。思えば、ダイオキシンを規制する特別措置法(議員立法)も政治的判断が優位に働いた例だろう。いまや人気取りの政治が科学を打ち負かす時代になった。科学者の歯ぎしりが聞こえてくる。

これにはちょっと引っかかる。小島編集委員は「いまや人気取りの政治が科学を打ち負かす時代になった。」というが、歴史上、権力の前には科学はずーっと負け通しだ。ガリレオだってさんざんだったし、ダーウィンだって、今以て完全に勝利しては居ない。アメリカの教育現場を見ると良い。我が国でも、科学や文明、文化が輝いて見えたのは明治から昭和のほんの100年ほどのことに過ぎない。

今日、ほぼ幸いなことに政治的な決定権は市民の手にある。市民はいわば最高の権力者だ。どんな税金の無駄遣いであろうとも、主権者の選択であれば、それは尊重されなくてはいけない。ただし、本来それは主権者が"1.十分な判断材料を与えられた上で"、"2.合理的な判断を下せる場合"の話だが。

「ほぼ幸い」というのは、私の見るところ、残念なことに今日の日本人の多くは、1.十分な判断材料を与えられても居ないし、2.未だ合理的な判断能力も備わっているとは言い難い、ということだ。つまり、決定を下す権利はあるが、生憎、素朴な直感や情緒よりも、よりよい決定を下す能力には欠けている。

これは、一般市民に限った問題ではなく、市民・国民の信託を受けて政治的な決定をする為政者にもいえる。科学を”見る目”を養って、自らの責任において決定を下してほしいものだ。

以下日本経済新聞より。

2700億円の研究基金、支援先「国民の意見聞く」 科技相

 野田聖子科学技術政策担当相は12日、閣議後の会見で、政府が追加経済対策として打ち出した、2700億円の研究基金を設立して最先端の研究を支援する 制度に関して、国民から研究強化を期待する技術を募ると発表した。野田科技相は「(研究費の)配分先として30人の研究者を選ぶ予定で、国民の意見を参考 にする」と明言した。

 研究者1人当たり100億円規模の巨額を助成するこの制度を巡っては、選考過程の透明性を確保できるかどうかが議論になっていた。研究費の配分に関連し て、国民の意見を参考とする試みは極めて異例。野田科技相は「これだけの科学技術を持つ国なのに、これまでは国民不在だった。透明性を担保する手段にした い」と述べた。

 将来の日本にとって「科学技術で実現してほしいこと」や「実現すると期待していること」を幅広く公募する。(12:01)

これだけの予算があれば、科学教育に毎年270億円を投資する事業を10年間続けられる。私は10年くらいのスパンで考えれば、この際大盤振る舞いをするなら、初等・中等の理科教育に力を入れて科学的リテラシーの底上げをすることの方が重要だと思う。

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