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2009年6月の記事

2009年6月30日 (火)

クローン家畜の安全性評価に関するパブコメ回答

食品安全委員会のホームページに、クローン家畜に関わる食品安全性評価に関わるパブコメの回答が公表されている。

一部抜粋する。

・不安なので反対。
・納得が出来ない。
・絶対に食べたくないし子供に食べさせたくない。
・厚生労働省が体細胞クローンの安全性審査を食品安全委員会に諮問したことを抗議する。
・従来の繁殖方法の改善、発展に力を注ぐべき。
・農地改革、安全性を追求した食作りが、国の政策。
・健康のために肉食を控えるべき、さらに消費をあおる政策をすすめる必要はない。
・需要のない研究に多額の公的資金(税金)が乱費されることを望んではいない。

うーん・・・。これが科学的なリスク評価に対するコメントなのだな。

また、こういう意見もあった。

エピジェネティックな変化の制御の異常の結果、絶対に安全性に問題のある物質が生産されないと100%言い切れるのか。

科学に100%の断言を求めても意味はない。科学は有限な前提条件に対して、想定される範囲の推定を返す以上には、有効な道具ではない。

科学はたいして有効な道具ではないかもしれないが、リスク評価においては、信仰や直感、政治判断という科学以外の評価方法よりも有効な道具であると私は信じている。

この意見では”エピジェネエィック”という言葉をまるで流行語のように使っているが、本当に意味がわかって言っているのだろうか。私たちの体の中でも、栄養状態や生活習慣でエピジェネティックな変化(ゲノムのメチレーションパターンの変化)は起こっている。もちろん、クローンでない家畜の体内においても。果樹の枝変わりのような表現型の変異にもエピジェネティックな変異は関わっている。

いずれも、場合によっては”異常”といえる生理状態を引き起こすケースもあるが、だからといって毒性物質を作り出すわけではない。特に、家畜は体内で毒素を作るような生物ではないので、その種の変異があっても安全上の問題はないと考えられる。

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2009年6月29日 (月)

洋上の弧峰

6/26-29、入院中の父の見舞いの帰りにサロベツ原野に寄り道。病院から車で20分ほど走るとこんな風景が広がっている。

Rishiri_2

ひととき現実を忘れることができた。

滞在中の稚内の最高気温は24度。今日は18度ほど。明日からまた暑苦しい日々が続く。



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2009年6月25日 (木)

こっちの記事はわかるが、こっちの記事はわからない

クローン家畜の食品安全性を巡る食品安全委員会のリスク評価に関する記事。

まず、わかる方。毎日新聞より。

クローン:牛や豚の食品利用は安全 食品安全委が答申

 体細胞クローン技術で生まれた牛、豚などの食品利用について国の食品安全委員会は25日、「従来の繁殖技術による牛や豚と同様、食品として安全」 との評価書を最終決定し、厚生労働省に答申した。これを受けて同省や農林水産省が今後、体細胞クローン牛や豚を食用として解禁するかどうか検討する。【江 口一】

評価書は、食品として安全という結論。であれば、リスク評価に瑕疵があったとされるか、あるいは危険性の兆候となる新たな科学的な知見が現れない限り、クローン家畜由来の製品は食品衛生法上問題のない食品ということになる。これを規制するかどうかは、リスク管理の観点から、記事にもあるとおり、これから厚生労働省が判断することだ。

一方、JAS法など食品の表示に関わる問題は、例えば原産国表示や遺伝子組換えのように安全性とは別のルールで規制が行われているので、クローン家畜についても区別するべしと言うことになれば、表示に関わる規制の可能性も無くはない。が、遺伝子レベルでもタンパク質レベルでも、元素の構成比でも、要するにあらゆる科学的な分析法で区別ができないものを法的に規制することは実効性が担保できないので事実上無理。

一方、わからない方の記事。読売新聞より。

「クローン牛・豚は安全」食品安全委が評価書

 体細胞クローン技術で生まれた牛や豚の食品としての安全性について、内閣府食品安全委員会(見上彪委員長)は25日、「従来の家畜と同様に安全だ」とする評価書をまとめ、厚生労働省に答申した。

 これで同省の規制対象にならないことが確定した。今後は流通の可否について、農林水産省が改めて検討する。

 評価の理由として〈1〉遺伝子は従来の家畜と同じ〈2〉肉や乳の成分にも差がない――などをあげた。クローン家畜の子孫についても、同様に安全と判断した。

 ただ、安全委が評価書案を公表して意見を募集したところ、安全性に対する不安の声が数多く寄せられたため、見上委員長は「国民の理解を得られるように、情報提供を継続して行う必要がある」と話している。

 国内では、牛と豚合わせて約900頭が体細胞クローン技術で生まれているが、農水省が各研究所に出荷の自粛を要請しており、流通はしていない。だが、日本より早く「安全」と判断した欧米でクローン家畜由来の肉が流通し始めた場合は、日本に輸入される可能性がある。

(2009年6月25日19時53分  読売新聞)
「これで同省の規制対象にならないことが確定した。」と言う見方は、リスク評価とリスク管理を混同している。食品衛生法の規制対象とするかどうかは、リスク管理のレベルで決めること。自動的に「確定した」と言うものではない。

私は、科学的な根拠がないのに税金を投入して管理(規制)するという考え方は間違っていると思う。一方、「クローン家畜なんか食べたくない」と言う人の判断もわからなくはない。いろいろな選択があって良い。しかし、そのために不合理な社会的なコストをかけるのは嫌なのだ。

ということで、ここは一つ「クローン家畜およびその子孫に由来する製品ではありません」という任意表示を認めてはいかがだろう。有機JAS同様、安全性や栄養成分において、それ以外の製品と同等のものと区別がつかない製品にふさわしい曖昧な表示で十分だ。

# 明日から身内の見舞い。しばらくは更新しません。

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2009年6月22日 (月)

ジフテリア毒素を利用した医薬品

細菌の生産するタンパク質毒素を利用した医薬品が幾つかある。有名どころではボツリヌス菌(Clostridium botulinum)の生産する毒素を利用したシワ取りで有名なBotoxなどがそうだ。

ちょっと調べものをしていた際に、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の産生するジフテリア毒素を利用した医薬品を見つけた。「ONTAK」(一般名:denileukin diftitox)という医薬品で、ヒトIL-2とジフテリア毒素のAフラグメントの融合タンパクだ。

ジフテリア毒素はA-B毒素に属するタンパク質毒素で、細胞内で毒性を発揮するA fragment (DT-A)と、細胞表面のレセプターに結合して毒素の引き込み役に当たるB fragment (DT-B)が結合した状態で初めて毒性を発揮する。A fragmentの発揮する毒性はelongation factor - 2 (EF-2)の失活によるタンパク合成阻害である。

一方、AあるいはB fragmentのみでは細胞に侵入できないため、単独では毒性を発揮しない。

A M Pappenheimer et al., “Diphtheria toxin and related proteins: effect of route of injection on toxicity and the determination of cytotoxicity for various cultured cells,” The Journal of Infectious Diseases 145, no. 1 (January 1982): 94-102.   

従って、このタイプのタンパク質毒素の断片は、全体としてのLD50が規制値に達していても、単体でのクローニングや発現はカルタヘナ法において大臣確認の対象とはなっていない。この点の二種省令の解釈についてはポジションペーパーが出されている。

ただし、ちょっと微妙な点がある。

A サブユニットについては、AB 毒素のA サブユニットをコードする遺伝子をネガテイブ選択マーカーとして含む認定ベクター又は安全性に於いて同等の認定ベクター由来ベクターを用いる実験等において、発現された蛋白が個体に毒性を発揮させるような遺伝子構築或いは発現の実験でない限り、大臣確認を必要としない。

逆を言えば、「発現させた蛋白が個体に毒性を発揮させるような遺伝子構築物あるいは発現の実験である場合は、大臣確認を必要とする場合がある」ということ。

ONTAKではT細胞への分子標的のためにIL-2を利用しているが、これに限らず、細胞表面のレセプターと結合してエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれるペプチドであれば何でも、DT-Aとの融合タンパク質を作成する実験の場合は大臣確認実験に該当する可能性があることになる。

# あとはLD50と認定系との組合せ次第。

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2009年6月19日 (金)

モンサントのニューズレター

モンサントから送られてきたニューズレターにこういうフレーズが・・・

モンサント・カンパニーは、新発見をもたらす研究開発力を強化するため、一日当たり260万ドル(約2億6,000万円)の資金を投じ、収量やストレス耐性の向上が期待できる遺伝子のスクリーニング、評価、改良を継続的に続けています。

ええと、この計算だと3年で2,700億円は超えますなぁ。・・・どっかで見た数字だが、はて何だっけ?

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2009年6月15日 (月)

政治の前に沈黙する科学?

毎日新聞社の小島編集委員がこう書いている。

 遺伝子組み換え作物の栽培では、多くの自治体が科学には目もくれず、市民の“不安”に応えるために栽培を事実上禁止する条例をつくった。新型インフルエンザ騒ぎでのマスク奨励も科学軽視の一例だろう。思えば、ダイオキシンを規制する特別措置法(議員立法)も政治的判断が優位に働いた例だろう。いまや人気取りの政治が科学を打ち負かす時代になった。科学者の歯ぎしりが聞こえてくる。

これにはちょっと引っかかる。小島編集委員は「いまや人気取りの政治が科学を打ち負かす時代になった。」というが、歴史上、権力の前には科学はずーっと負け通しだ。ガリレオだってさんざんだったし、ダーウィンだって、今以て完全に勝利しては居ない。アメリカの教育現場を見ると良い。我が国でも、科学や文明、文化が輝いて見えたのは明治から昭和のほんの100年ほどのことに過ぎない。

今日、ほぼ幸いなことに政治的な決定権は市民の手にある。市民はいわば最高の権力者だ。どんな税金の無駄遣いであろうとも、主権者の選択であれば、それは尊重されなくてはいけない。ただし、本来それは主権者が"1.十分な判断材料を与えられた上で"、"2.合理的な判断を下せる場合"の話だが。

「ほぼ幸い」というのは、私の見るところ、残念なことに今日の日本人の多くは、1.十分な判断材料を与えられても居ないし、2.未だ合理的な判断能力も備わっているとは言い難い、ということだ。つまり、決定を下す権利はあるが、生憎、素朴な直感や情緒よりも、よりよい決定を下す能力には欠けている。

これは、一般市民に限った問題ではなく、市民・国民の信託を受けて政治的な決定をする為政者にもいえる。科学を”見る目”を養って、自らの責任において決定を下してほしいものだ。

以下日本経済新聞より。

2700億円の研究基金、支援先「国民の意見聞く」 科技相

 野田聖子科学技術政策担当相は12日、閣議後の会見で、政府が追加経済対策として打ち出した、2700億円の研究基金を設立して最先端の研究を支援する 制度に関して、国民から研究強化を期待する技術を募ると発表した。野田科技相は「(研究費の)配分先として30人の研究者を選ぶ予定で、国民の意見を参考 にする」と明言した。

 研究者1人当たり100億円規模の巨額を助成するこの制度を巡っては、選考過程の透明性を確保できるかどうかが議論になっていた。研究費の配分に関連し て、国民の意見を参考とする試みは極めて異例。野田科技相は「これだけの科学技術を持つ国なのに、これまでは国民不在だった。透明性を担保する手段にした い」と述べた。

 将来の日本にとって「科学技術で実現してほしいこと」や「実現すると期待していること」を幅広く公募する。(12:01)

これだけの予算があれば、科学教育に毎年270億円を投資する事業を10年間続けられる。私は10年くらいのスパンで考えれば、この際大盤振る舞いをするなら、初等・中等の理科教育に力を入れて科学的リテラシーの底上げをすることの方が重要だと思う。

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2009年6月13日 (土)

色素幹細胞の枯渇で白髪

原因はストレスねぇ。私は年の割に激しい白髪だが・・・。

白髪の原因はストレス…東京医科歯科大教授ら突き止める

 髪の毛が白くなるのは、黒髪のもとになる色素幹細胞がストレスで枯渇するのが原因であることを、東京医科歯科大の西村栄美教授らが突き止めた。

 色素幹細胞の働きを維持することで、白髪の予防も可能になると期待される。科学誌セルの最新号に発表された。

 色素幹細胞は毛根部にあり、自己複製を繰り返しながら色素になる細胞を供給している。西村教授らがマウスに放射線を当て、遺伝子を損傷するような ストレスを与えたところ、幹細胞は自己複製機能を失い、すべて色素の細胞に分化した。色素の細胞のもとになる幹細胞がなくなるため、白髪化が進むことが分かった。

 西村教授は「白髪の原因になるような幹細胞の分化は、他の老化現象でも起きている可能性がある。若さを保つ研究の手掛かりになる」と話している。

(2009年6月13日08時04分  読売新聞)
オリジナルの論文はこちら

Ken Inomata et al., “Genotoxic Stress Abrogates Renewal of Melanocyte Stem Cells by Triggering Their Differentiation,” Cell 137, no. 6 (June 2009): 1088-1099, doi:10.1016/j.cell.2009.03.037.   

そうかぁー白髪の原因はストレスだったのか。納得。・・・という話ではない。

記事を読めば、見出しがいかに不適切かが良くわかる。この論文で発見されたことは、次の通り。

"Surprisingly, the DNA-damage response triggers MSC differentiation into mature melanocytes in the niche, rather than inducing their apoptosis or senescence. The resulting MSC depletion leads to irreversible hair graying." 
(驚いたことに、DNAの損傷に関連した反応はその場所で色素幹細胞のアポトーシスや老化の誘導よりも、成熟した色素細胞への分化を引き起こした。その結果、色素幹細胞は枯渇して不可逆的に白髪になる)

つまり、”白髪の原因は色素幹細胞の分化促進による枯渇”である、とある。これまでも加齢によって色素幹細胞が枯渇して白髪になることはわかっていたし、何らかのストレスで白髪になることもわかっていた。

この研究で新たにわかったことは、「ストレスで白髪になる際の色素幹細胞の枯渇は、細胞死や老化ではなく、分裂能力のない色素細胞への分化の促進でおきる」という点だ。

新聞記事の本文でもそう読める。しかし、この見出しのセンスは一体・・・

「桶屋が儲かる原因は風」と言っている様なものだ。

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2009年6月 9日 (火)

「正論など無力なものだ」

まず、毎日新聞より。

食品安全委:クローンは安全、賛成わずか15%--国民意見を公開

 体細胞クローン技術で生まれた牛、豚などの食品利用について国の食品安全委員会は8日、国民からの意見募集結果を公表した。同委が3月に出した 「食品として安全」との評価書案に賛成との意見は約15%にとどまり、安全性を懸念する批判的な意見が大半を占めた。同委は「科学的に出した結論であり変更はない」として、早ければ6月中に厚生労働省に答申する方針。

 同委の新開発食品専門調査会で、国民から寄せられた336件の意見が公表された。「安全とのリスク評価に賛成」との内容は51件。多くは「長期間の生存率や出生率が低く、安全とする根拠が理解できない」など批判的な内容だった。【江口一】

この記事では、賛成ではない残りの85%の論旨が良くわからない。「安全性を懸念する批判的な意見」は科学的な見地から何を批判しているのかが重要だろう。

次、読売新聞より。

内閣府委「クローン家畜は安全」に一般市民の8割超が疑問

 クローン牛や豚の食品としての安全性をめぐり、内閣府食品安全委員会が「従来の家畜と差がない」とした評価について、一般から336件の意見が寄せられ、このうち8割以上が疑問や反対を訴えるものだったことがわかった。

 8日の同委員会調査会で報告された。

 疑問や反対を訴える意見のうち、評価自体に対する疑問や反対は16%。

 このほか、「表示を義務化すべきだ」などとする流通・表示に関する意見が13%、倫理的な問題を指摘する意見が10%、長期的な健康被害などを懸念する意見が8%あった。

(2009年6月8日22時23分  読売新聞)

「評価自体に対する疑問」とは、「評価のプロセス」に対する疑問なのか、「評価結果」に対する疑問なのかがわからない。それとも「評価してはいけない」のか?

次、中日新聞より。

クローン牛の評価案を審議 食品安全委、8割反対も「安全」

2009年6月9日 朝刊

 内閣府食品安全委員会の新開発食品専門調査会(座長・池上幸江大妻女子大教授)は8日、体細胞クローン牛や豚を「安全」とする評価案について、国 民から寄せられた意見を審議した。反対意見が8割超に上ったが「評価を大きく変える必要はない」(池上座長)と結論づけ、上部機関の同委員会に報告することを決めた。

 早ければ月内にも報告し、同委員会が厚生労働省に答申する評価案を決定する見通し。

 意見募集は、同委員会が評価案をまとめた3月から4月にかけて実施。寄せられた336件のうち、賛成意見は51件にとどまり、残りはほぼ反対意見だった。

 このうち半数程度は「気持ち悪い」という消費者の不安や、「生命の尊厳を汚す」といった倫理面の批判などで、調査会は「科学的視点で評価するわれわれがかかわる部分ではない」(同)として審議しなかった。

 ただ委員からは、消費者の不安などの意見が多いことを「厚労省や農林水産省にきちんと伝えるべきだ」として、食品安全委でその方法を検討するよう求める意見が出た。

中日新聞は「科学的評価は民主的に行われるべき」と考えているのだろうか?科学的な見地から行われた評価である以上、市民の99.99%が科学的な根拠に基づかない理由で反対を表明したところで評価結果は変わらない。評価を行った科学者が自らの職業倫理を全うしようとするならば、見解を変えることはできないのだ。もしそんなことを行えば、科学を歪めたことになってしまう。

科学は万能ではないし、もちろん完璧でもない。しかし、科学はその時々に利用できる情報を最大限に精査して結論を導く上で、素朴な直感や宗教的な教条や市民の感情に勝る最大の武器であることは間違いない。

科学は頼りないかもしれない。しかし我々が未来を見通すには、他に頼れるものがないのだ。

市民社会がどのような技術を受け入れるか、その選択の権利は市民にある。しかし、実際の選択のプロセスは時に民主的ではなく、民主的である場合には、残念なことに合理性を欠く場合もある。

政見放送を聞けば明らかなように、声の大きな人が常に正しい見解を述べているとは限らない。・・・というか、大声で正論を吐くのって恥ずかしくないか?

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2009年6月 8日 (月)

mct118型検査

このエントリーではmct118については書くが、裁判についてはあまり触れない。

mct118は足利事件のDNA鑑定に使用されたDNAマーカー。多型のタイプから言えばVNTRにあたる。論文として英文誌に発表されたのは次のものが一番古いようだ。

K Kasai, Y Nakamura, and R White, “Amplification of a variable number of tandem repeats (VNTR) locus (pMCT118) by the polymerase chain reaction (PCR) and its application to forensic science,” Journal of Forensic Sciences 35, no. 5 (September 1990): 1196-1200.  

雑誌に掲載されたのが1990年の9月。これがピア・レビューのある雑誌への初出であれば、同業の専門家の評価や批判にさらされたのはこれ以降ということになる。

足利事件の経緯をおさらいしてみると、こちらのサイトの情報によれば、科警研で被疑者と犯行遺留品のDNA鑑定を行ったのは、1991年11月とある。この当時の技術水準から言えば、電気泳動像はこんな感じ(日本ジーンのキットのホームページ)で、PCR断片が長くなると16 bp程度(1反復単位)の違いは非常に見分けにくかったと想像される。

最初の論文が出てわずか1年後には捜査に使われたことになる。ちなみにこの論文の研究が行われたところは、"University of Utah Health Sciences Center, Salt Lake City."。アメリカである。

ヒトのDNA多型は、民族や人種集団で多型の頻度や種類の構成が異なる。このmct118についても日本の警察で証拠固めに使えるようになるまでには、日本人の集団におけるバックグラウンドを固めておく必要があることから、相当数の試料分析しておく必要があったはずだ。・・・それをどのくらいの期間でやったのだろう。なんだか、きりきり舞いしている研究者の姿が瞼にちらつく。また、こういう場合、バリデーションは大丈夫だったのかと少々気になるところ。

現在のDNA鑑定のガイドラインでは、複数の研究室の間で分析結果の整合性が採れない方法は証拠としては採用されないはずだが、当時の技術水準から言えばそれは難しかったのだろう。

さて、上記の論文には続報がある。初期にはmct118型検査の際にD1S80遺伝子座からPCRで増幅されたDNA断片の塩基配列がまだ決まっていなかったことから、32個の対立遺伝子の塩基配列を網羅的に決めてしまおうという試みだ。

Koji Fujii et al., “A new sequenced allelic ladder marker for D1S80 typing,” J Hum Genet 49, no. 3 (February 26, 2004): 169-171. 

# なお、この論文のPDF版は無料で公開されており、ご家庭でも読めます・・・読まないか。

この論文によれば、このMCT118型のVNTRは完全な反復配列ではなく"RMRRA CCACH RGVAA G"という、あちこちに変異が入って13種類に分化した反復単位の繰り返しでできている。興味深いことに、Figure 2を見るとallele 39-44の6種類の対立遺伝子の間では、反復単位10型の部分で”伸び縮み”したような形跡がある。

非常に多型的な遺伝子座に見られる現象だが、こういう場合、確率は低いけれども、電気泳動像では同じように見えるため、同一であるとタイピングされてしまうが、塩基配列の上では別物と言うことも起こりうる。この論文の水準に達しても、まだ単一の遺伝子座でDNA鑑定を行うのは危なっかしい。

ちなみに、足柄事件の場合はその種のエラーではなく、もっと初歩的なヒューマンエラーの積み重ねがあったようだ(*)。

また、こちらで跡見学園女子大学専任講師 中島宏さんが書かれているが、初期の証拠では被疑者のDNAとして「平成三年六月二日に被告人が集積所に捨てたごみ袋の中から、精液の付着したティッシュペーパーを採集した。」とある。

しかし、被疑者が捨てたゴミに含まれていた精液が本人のものといえるかどうか?そこには推定が挟まっている。せめて、本人の毛髪や血液の提出を受けて、それと照合するべきだろう。再鑑定を拒否した裁判官は、その点を問題としていなかったようだ。

DNA鑑定そのものがいかに技術的に進歩して確実性を増しても、それ以前の証拠の取り扱いに瑕疵があっては証拠としての確実性は高まらないのだ。それは単純な「DNA鑑定の問題」ではないのだが。

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2009年6月 7日 (日)

半人工的な生態系の維持は生物多様性に貢献するか?

6月7日の読売新聞社説より。

” 日本でもかつて、国土の開発が急速に進み、自然破壊が顕在化したが、近年は自然保護に配慮した開発が一般化したといえよう。喫緊の課題は、里山の保全・再生ではないだろうか。

 樹木を伐採して炭にする。落ち葉を肥料に活用する。日本人は人里近くの野山に手を加え、生活に役立ててきた。里山は人間と自然の共生の象徴といえる。

 だが、近年、山間部の過疎化などで里山の手入れが行き届かなくなった。竹に侵食された里山も少なくない。里山は、日本固有の動植物の生息の場でもある。その荒廃は、生態系に大きな影響を及ぼしている。”

里山の”荒廃”が生態系に影響を及ぼすとして、それは”誰にとって望ましくない”ことなのだろうか?

たとえば、阿蘇の草千里は千年にわたる里人の野焼きで維持されているし、佐賀県の虹の松原も住民の芝刈りと松葉の除去で下生えを管理して維持してきた。各地の里山の維持もそれと同様なのだが、人手が入らなくなると荒れる

この荒れるという状態の推移は現在でも各地で見られるのだが、将来にわたって際限もなく変化が続くという意味ではない。Reinhold Tuexenらによれば、いずれはその地域の気候帯に見合った自然な均衡状態、つまり、潜在自然植生へと戻っていくと考えられる。

実は、耕作放棄地が山林や原野に戻っていく過程もこれと同じような現象だ。その回帰の過程では、水田という人為的な生態系を生活の舞台としていた小型の魚類や、それを餌にする鳥類は姿を消すだろう。コウノトリの里も、トキの里も、人為的な生態系であって人手の入らない自然環境とはほど遠い。そういう環境は縄文時代には普通ではなかったはずなのだ。その気候帯・風土の本来の生物多様性のベースラインは、原生林や原野であって人里ではない。私はそう思う。

人手の入っていない自然な状態への回帰の過程を、我々は自分達の都合で荒れると言っているに過ぎない。それが生物多様性の保全という観点からどのように望ましくないのか、私には良くわからない。それのどこが問題なのだろう?

私は原野だらけの北海道出身だから特にそう思うのかもしれない。関東に住んでいると手つかずの自然などまず目にしないし、このような社説を読むと、都会に生活基盤を置いている人達にとって、自然とは守ったり維持したりするものと考えている様に見受けられる。そうではなくて、放っておいてあるがままの状態に落ち着いたところが自然なのだ。

スーパーで売られている農産物や食料品に「自然の恵み」と書いてあるのを目にすると、「我々の食べ物で、真に”自然の恵み”といえるのは養殖でない海産物くらいだろ(鯨を含む)!」と突っ込みたくなる。自然はそんなに気前よく人類に恵みを分け与えたりはしないものなのだ。

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同じ社説からもう一点。

”日本は食料の多くを輸入に頼っている。食卓に上る魚介類や肉、穀物などは、世界各地の多様な生物の恵みそのものといえる。世界的な視点で生態系の維持を考える必要がある。”

あのぅ・・・。魚介類を生物多様性の文脈で語って頂くのは結構だが、肉や穀物はちょっと違う。野生動物の肉を輸入している訳ではないし、穀物は外国の農家が栽培したもので、手付かずの生態系から採取してきたものではない。

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2009年6月 5日 (金)

食品安全委員会委員長候補、参議院で不同意

ホントに民主党はこんなことを言ったのかな。

食品安全委人事、参院が吉川東大教授に不同意で白紙に

 参院は5日午前の本会議で、政府が提示した6機関15人の国会同意人事案を採決し、内閣府の食品安全委員会委員に吉川泰弘・東大教授を起用する案を民主党など野党4党の反対で否決し、不同意とした。

 預金保険機構理事など、ほかの14人の人事案は同意された。衆院は15人全員に同意しているが、人事案には衆参両院の同意が必要で、吉川氏の人事は白紙に戻った。

 野党4党は、吉川氏が2005年、BSE(牛海綿状脳症)問題に関し、食品安全委のプリオン専門調査会座長として米国・カナダ産牛肉の輸入再開を条件付きで容認する答申案をまとめたことを「リスク評価の姿勢に問題がある」と批判していた。

 吉川氏は委員に就任すれば、6月30日に任期満了となる見上彪委員長の後任に互選される予定だった。見上氏は新たな人事案が国会同意を得るまで、委員にとどまる見通しだ。

(2009年6月5日12時55分  読売新聞)
”米国・カナダ産牛肉の輸入再開を条件付きで容認する答申案をまとめたことを「リスク評価の姿勢に問題がある」と批判”

というが、食品安全委員会の役割はリスク評価だ。情報を収集し科学的に分析して、リスクの多少を評価する。その結果を受けて、どのように実効性のある規制を実施するかは、リスク管理を行なう厚生労働省、農林水産省の役割だ。

2005年のカナダ、米国産牛肉のリスク評価結果の答申はこちら。この農林水産大臣宛の通知文には次のような但し書きが付いている。

”なお、本食品健康影響評価は、輸出プログラムの遵守を前提に行われたものであるため、貴省において、米国及びカナダからの牛肉及び牛の内臓の輸入を再開する施策を実施する場合にあっては、輸出プログラムの遵守の確保のために万全を期すとともに、遵守状況の検証結果について、食品安全委員会に適宜報告を行うようお願いします。同時に、国民に対しては、施策の内容及び輸出プログラムの遵守状況の検証結果について、十分な説明を行うようお願いします。”

つまり、食品安全委員会の評価としては「輸出国で基準どおりの製品管理が行なわれていれば安全」という前提条件つきで、それを輸出国に守らせるのと輸入するかどうかを決めるのは規制の権限を持つ農水省の役割なので、そこのところヨロシク、と回答した訳だ。

科学的なリスク評価の結果、国産牛と同程度のリスクであるという評価結果を出したことや、その間の手続きを問題視したわけではなく、「リスク評価の姿勢に問題がある」という野党の批判は一体何を意味しているのか、私にはさっぱり分からない。

この「姿勢」って何だ?なお、毎日新聞でも

民主は「吉川氏が05年に食品安全委プリオン専門調査会座長を務めていた際、牛海綿状脳症(BSE)問題で輸入が止まっていた米国産牛肉の輸入再開を事実上容認する答申をまとめた」と説明している。

とある。ここでも、食安委が「輸入再開を事実上容認する答申をまとめた」と民主党が言ったと書いてあるのだが。なんだかリスク評価とリスク管理を独立の機関に分けた食品安全基本法の成立以前の頃の話を聞かされたような気になる。

繰り返しになるが、食品安全委員会には、牛肉の輸入を禁止する権限も許可する権限も無い。食品安全委員会からどんな答申がでようと、輸入を認めるかどうかはリスク管理を行なう農林水産省の権限で決めることだ。今回の参議院の不同意は、私には八つ当たりあるいは、嫌がらせのように見えてならない。

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