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2009年3月 9日 (月)

本草綱目に見るオオムギの記述

国立国会図書館の所蔵する漢籍はオンラインで見られるものがある。そんなことができるようになるとは、ほんの10年前までは思いもよらなかった。

「本草綱目」は、16世紀末(明代)に中国で記された本草学の集大成的古典。日本では本草学=博物学という色彩が強いが、本草綱目で扱っている植物は薬草+作物である。このとりまとめ方には、医食同源という考え方が反映されているのかもしれない。

多くの漢籍同様、本草綱目にも色々なバージョンが残されている。たとえば、こちら(国立国会図書館)。

オオムギに関する記述は、総目次によれば、第17冊 第22巻にある(本文はここから)。本草綱目は、項目の立て方が【釈名】(題目の意義)、【集解】(解釈集)、【気味】(特性?)、【主治】(効能?)、【発明】(用法?)、【附方】(適用症例?)と整理されている。

このうち、集解の部分を二行ほど引用する(訳は適当だ)。

弘景曰、今裸麦、一名牟麦 以[禾廣]麦惟皮薄爾
(弘景曰く、今、裸麦と呼んでいるものは、一名、牟麦という。[禾廣]麦は以てただ皮が薄いのみだ。)

恭曰、大麦出関中即青裸麦、形似小麦而大皮厚故謂大麦、不似[禾廣]麦也
(恭曰く、関中より出でる大麦は即ち青裸麦、形は小麦に似るが、大きく皮が厚いので大麦という。[禾廣]麦には似ていない。)

・・・と原典を書き写していたら、「維基大典」という”中国古典Wikipedia”の大麦の項によく似た記述がある。
http://zh-classical.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BA%A5
これを見てよく似ている・・・。 そう思ったのだが、集解を最後まで見たら、本草綱目そのまんまだった。「維基大典」のオオムギの項は、出典が本草綱目のようだ。

この集解には興味深い記載がある。

郭義恭廣志》云:「大麥,有黑穬麥,有(禾宛)麥,出涼州,似大麥。有赤麥,赤色而肥,據此則穬麥是大麥中一種,皮厚而青色者也。大抵是一類異種。如粟粳之種近百總是一類。但方土有不同爾。故二麥主治不甚相遠。大麥亦有粘者,名糯麥。可以釀酒。

”大麦には、色の黒い穬麥がある。涼州の(禾宛)麦があるが、大麦に似ている。赤麦がある。色が赤くしかも肥えている。據此即ち穬麥は大麦の中の一種で、皮が厚くしかも青い色だ。粘りけのある大麦は、糯麦(モチムギ)という。これで酒をかもすことができる。

・・・いい加減な訳だが概ねこんな感じだ。確かに、400年前の書物にモチ性オオムギの記述が出ている。わざわざ”これで酒をかもすことができる。”と言っているところが興味深い。

この記述は、実は英国の研究者の論文にも載っていた。2002年の論文なので、時代は一気に400年ほど下る。

Nicola J. Patron et al., “The Altered Pattern of Amylose Accumulation in the Endosperm of Low-Amylose Barley Cultivars Is Attributable to a Single Mutant Allele of Granule-Bound Starch Synthase I with a Deletion in the 5'-Non-Coding Region,” Plant Physiol. 130, no. 1 (September 1, 2002): 190-198, doi:10.1104/pp.005454. 

こうある。

Although these cultivars are of diverse geographical origin, all carry this same deletion, suggesting that the low-amylose cultivars have a common waxy ancestor. Records suggest a probable source in China, first recorded in the 16th century.

時期的には「本草綱目」と合う。

上の”弘景”の言う”以[禾廣]麦惟皮薄爾”と併せて考えると、大麦は皮が薄く、それよりも皮の厚い[禾廣]麦=穬麥、というものがあるらしい。ちなみに、”穬麥”も本草綱目では大麦とは独立した見出しが付いており、釈名にはこうある。

時珍曰、穬麥之殻厚而粗礦也

”時珍によれば、穬麥の殻は厚くてしかもがさがさしている?(=粗礦)。”
字義から言えば、”穬=禾+廣”イネ科でしかも”廣”あるいは”礦”な性質の植物なのだろう。

ちなみにGoogle翻訳は役に立たなかった。”礦”を和訳させると”わたしのもの”と返ってきた。ん?”礦=鉱”=鉱山=mine=私のもの・・・orz・・・いや、こんなところで洒落なくて良いのに。

むしろ”礦”よりは”礪”(あらと)の方が意味が通じるのだが、音は違うのだろうな。

本草綱目もそうなのだが、中国の古典は、論文で言えばレビューに似ている。出典を明らかにしつつ、先人の著書を引用して束ねている所は一緒だ。丹念に出典を手繰っていくと意外な発見もある。

先ほど、西山武一、熊代幸雄訳の齋民要術(リンク先は中国科学院自然科学史研究所)という北魏の賈思[劦思] "Jia Si Xie"の編集による6世紀の農業書(本草綱目よりも1,000年も前の書物!)の大麦の項を見ていたら、引用文献が本草綱目によく似ていた。・・・というか、齋民要術が本草綱目の底本なのかもしれない。
そこには、こうある。

《 廣志 》 曰 : 「 虜水( 二 )麥, 其實大麥形, 有縫 。 ● ( 三 ) 麥 ,似大麥 , 出涼州 。 旋麥 【 一 】 , 三月種 , 八月熟 , 出西方 。 赤小麥 , 赤而肥 , 出鄭縣 【 二 】。 語曰 : 『 湖豬肉 , 鄭稀熟 。 』 山提 ( 四 ) 小麥 , 至黏弱 ; 以貢御 。 有半夏小麥, 有禿芒大麥 , 有黑穬麥 【 三】 。 」

ここでいう《 廣志 》は、本草綱目で言う《郭義恭廣志》のことだろう。齋民要術では、大麦と小麦を一つのセクションで扱っている。こちらでは”赤小麥 , 赤而肥”(赤小麦、赤くてしかも肥えている)と書かれているが、本草綱目では”有赤麥,赤色而肥”(赤麦がある。色が赤くしかも肥えている。)となっている。1000年の間に、肝心の”小麦”という情報がどこかへ行ってしまって、赤麦として大麦の一種にされてしまっている(それでも大した文化だと思う)。

本草綱目の記述を見て、紫色の穂の大麦かと思ったのだが、その1000年前には小麦の記載だったことがわかってちょっとがっかり。

また、齋民要術にも青裸麦の記述がある。

青稞麥 【二二】。 右(二三) 每十畝 , 用種八斗 。 與大麥同時熟 。 好收四十石; 石(二四) 八九斗麵。 堪作飯 ( 二五 ) 及餅飥 ( 二六) , 甚美 。 磨, 總盡 ( 二七 ) 無麩 。 鋤一遍佳, 不鋤亦得。

途中の記号がわかりにくいのだが、西山武一、熊代幸雄訳を参考にすると、こんな感じ。原典の註では燕麦ではないかと書かれている。 

青稞麥。 毎十畝に種子八斗を用いる。 オオムギと同時に登熟する。 豊作だと四十石の収穫があり,一石から八,九斗の麺が取れる。[麥少](むぎこがし)及び[食専]飩(うどん)を作るに適し甚だ美味である。磨にかけると,すっかり麺になりふすまが出ない。

しかし、時代から言って”うどん”はないだろう。”餅飥”はモチをイメージした方が良いのではないか?訳註では,これを「今の裸燕麦」としているが、チベットには青裸麦なるオオムギも現存しており、現地では”ツァンパ”(むぎこがし)として利用されているそうなので、無理に燕麦にこじつけなくても・・・と思う。第一、書かれている場所は大麦小麦のセクションだし。

もし、これがモチ性大麦であれば、文書に現れる時代は従来の説よりも1000年遡るのだが。

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