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2008年8月11日 (月)

「国民がやかましい」という一件について

8月11日、朝日新聞より。

 

食の安全「国民がやかましいから徹底」 太田農水相発言

 

太田農林水産相は10日、NHKの番組で、中国製の冷凍ギョーザ中毒事件を受けた国内の食の安全対策について、   「日本は安全なんだけども消費者、国民がやかましいから徹底していく」と発言した。

 

 太田農水相は食の安全をめぐる日本と中国の違いを強調。「(日本は)消費者としての国民が、やかましくいろいろと言うと、   それに答えざるを得ない」とし、「社会主義の中国のようにまずいことがあっても隠しておいていい、   消費者のことは考えなくてもいい国とは違う」と述べた。そのうえで、日本の場合、「常に(消費者の)プレッシャーにさらされている」   と指摘した。

 

 「やかましい」という発言の趣旨について、太田農水相は番組出演後、   「消費者が正当な権利を主張できる民主主義の国という意味で使ったもので他意はない」とのコメントを出した。

「やかましい」、「喧しい」という言葉には、「世間で人々が口々に言い立てている。」という意味がある。 他の報道の文脈から見て単にうるさくて不愉快だ、と言う意味ではないようだ。大臣は、「わが国は言論の自由が保障されており、 国民の間に食の安全に関する活発な議論があり、関心も高いので、規制当局としてもしっかり取組んでいかなくてはいけない。もっとも、 わが国は既に食の安全確保には十分な対策がとられている。」と言う意味だったのだろう。

例によって朝日新聞の、この発言の切り取り方には実に品が無い。新聞社は、 企業からの広告収入は貰い放題で、しかも株式を上場していない大企業だ(たとえば朝日新聞) 。もし、特定の大株主を持たず個人株主が大半を占める新聞社があれば、公正さと言う点では信用するに足るが、生憎そうはなっていない。” 公器”を名乗る以上、資本関係だけで紙面のパワーバランスが決まるとは思っていないが、何の影響も無いとも思えない。 大新聞らしい品格を紙面に求めてはいけないのだろうか。

政治家や官僚の信用を失墜しても、新聞社に国民の信頼が集まるとは限らない。 こんな揚げ足取りばかりしていてはね。

・・・とおもったら、釣りとも気づかずぞろぞろと。尻馬に乗るのが好きな人が多いのだな。毎日新聞より。

太田農相:「消費者やかましい」発言に与野党から批判

 太田誠一農相が食の安全対策について、「消費者がやかましいから徹底する」と発言したことに対し、11日、与野党幹部らから批判や疑問視する声が相次いで上がった。

 福田康夫首相は、首相官邸で記者団に対し「あまり適切な言葉ではない」と不快感を表明。ただ、「消費者軽視ではないか」との質問には、「日本の消費者は世界的にみても厳しい選択眼を持っている。そのことが良い製品を作る原動力になっているのではないか」とかわした。

 また、公明党の太田昭宏代表は「消費者や生活者の声を積極的に聞く姿勢が大事で、むしろ消費者にさまざまに言ってもらったほうがいい。農相はきちんと説明すべきだ」と述べた。

 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は「消費者がやかましいから消費者庁を作ってごまかすという官尊民卑の発想だ。この内閣は長くない」とこきおろし、早期に衆院を解散すべきだとの考えを強調した。【野口武則、木下訓明】

あーあ、後ろからも撃たれちゃいました。

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コメント

発言の要旨。

評論家のようなことを言うようだが、社会主義の国と日本のような民主主義の国は違う。消費者としての国民がやかましくいろいろ言うと、それに応えざるを得ない。中国のように、基本的には何も教えなくてよい、まずいことがあっても隠しておいてよい、消費者のことを考えないでもよいという国とは違い、常にプレッシャーにさらされている。特に日本の場合は潔癖だから、基本的に私は食の安全というのは国内は心配しなくてもよいと思っている。ただこの数年間、トレーサビリティー(生産履歴)やHACCP(総合衛生管理製造過程)の仕組みがだんだん定着してきたので、それを進めていきたい。食の安全については、今でも日本は安心なんだけれど、消費者や国民がやかましいから、さらに徹底してやっていく。

投稿: 都筑てんが | 2008年8月11日 (月) 22時34分

毒物混入、食中毒、産地偽装、つい最近では毒ギョーザ問題の隠蔽など、食の安全を脅かす様々な問題が噴出してるのに「今でも日本は安心なんだけれど」とかいうのがそもそもおかしい。

「消費者や国民がやかましいから」って、やかましく言わなきゃいけない背景があるのを認識しているかどうかが疑わしい。

食の安全を脅かす事件が色々と起きているのに「隠蔽が当たり前の中国よりマシだけど、日本の消費者は潔癖でやかましいからやる」なんていう程度の認識じゃあ、食の安全に関する仕事は任せられないでしょう。

投稿: 都筑てんが | 2008年8月11日 (月) 22時34分

「毒物混入、食中毒、産地偽装、つい最近では毒ギョーザ問題の隠蔽など、食の安全を脅かす様々な問題が噴出してる」とのコメント。しかし、私の見解は違う。

1.人為的な毒物混入は、通常の衛生管理や検査で防ぐことはできない。これは農薬の規制やBSEの管理と同じような「食品衛生」の問題として考えるべきものではない。むしろ、かつてのグリコ・森永事件のように「犯罪」およびその抑止の問題として捉えるべき。

2.食中毒は仰る様に食品衛生の問題だ。しかし、食品安全委員会のホームページで調べれば分かるが、ノロウイルスとカンピロバクター以外の食中毒は近年減少傾向。さほど心配ない。

3.産地偽装は安全の問題でも衛生の問題でも無い。国産だと思って外国産の食品を買わされても直ちに危険と言うわけで無いのは自明。偽装表示は消費者の選択の自由を奪うという意味では不正だ。

4.「ギョーザ問題の隠蔽」とは、中国国内で天洋食品の餃子でメタミドホス中毒が発生していた一件だとすると、これは中国国内での「犯行」を疑う、それまでの日本の警察当局の見解を補強するものであり「日本国内での食品への毒物混入を否定する結果」を公表しなかったことになる。これがもし、日本国内での毒物混入の事実があってそれを隠蔽したのであれば、政府が食の安全を蔑ろにしたといえるだろうが、状況はそうではない。日本の食品の流通が安全であったことを”隠蔽”していたことになる。

以上、折角いただいたコメントではあるが「食の安全」に関わる現状認識についたは、もう少し「やかましく」議論して勉強していただいた方が良いように思う。

上から目線で見ると、身の回りにあるリスクを減らす施策を何か選ばなければならないとしたら、食品安全の確保のために今以上の税を投入するのは費用対効果の面からは効率的ではないと思う。食品安全は、消費者行政の目玉として効果は上がりにくい。施策が上手く働いた結果、”何事もない”ことの有り難味を市民はすぐに忘れるからだ。

# まぁ、今の中国と比べてマシ、と言う水準を政策目標にされると困っちゃうんですけどね。

それから、「やかましく」議論するのは国民として当然。国民が何も言わずに官僚や政治家というプロに任せておけば大丈夫、と言う国で国民に保障される”安心”は、かなり胡散臭いと思ったほうが良い。国民の議論の無いままに施策を官僚が進める国を官僚国家と言うのだから。私は、国民の一人として「やかましく」議論して政府を動かすのが当然の権利だと思っている。

投稿: 土門英司 | 2008年8月11日 (月) 23時47分

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