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2006年7月2日 - 2006年7月8日の記事

2006年7月 6日 (木)

われわれは等しく伝統の何たるかを知らない。

 日本の歴史上、縄文時代は概ね10,000年間、 弥生時代は概ね1,000年間。弥生時代は紀元前8世紀ごろから概ね3世紀までとされているので、それから今日の21世紀までの約2,700年がわが国の稲作の歴史のすべてである。 20,000年あまりの世界の農耕の歴史と引き比べても、わが国の稲作の歴史は斯くも短い。

 このわずかな時間に、稲を栽培してきた人々は水利の良い平野は勿論、山間部にまで水田を拓いた。また、この数十年間に限って言えば、世界中で作付けされる稲の北限である北緯44度近辺まで稲の栽培が可能になった。

 その間に、水田開拓のために森林は伐採され、用水の確保のために河川は改修されて葦原や渕は消えた。また、寒冷地に適応させるため積極的な交配育種が行なわれ、自然界には決して見れら無いほどの耐冷性を獲得した稲が育成されてきた。

 2,000年の間手作業で行なわれてきた農耕はやがて牛馬耕に取って代わられ、この数十年間に農作業はすっかり機械化された。また、化学肥料や農薬の普及は稲作の生産性を著しく向上させてきた。豊富な食料の供給は戦後の復興を下支えし、機械化によって生み出された余剰労働力は都市の経済成長の原動力となった。それでもなお、昭和30年代まで普通に米の飯を食べることができる人々は、ごく限られていた。

 「瑞穂の国」という言葉は美しいが、そこに宿っているイメージは幻想に過ぎない。われわれが伝統という言葉を使うとき、多くの場合、思い浮かべるのはせいぜいが高々数百年前のことなのだ。

 誰も、10,000年間の伝統を尊び縄文時代の狩猟と採取の時代に帰れとは言わない。機械化農業で作った米には魂が篭らないから農作業は手作業で行なうべきだとは言わない。が、なぜか化学肥料や農薬はいけないと言う人はいる。 化学肥料と農薬が今日の生産性を支えているにもかかわらず。

 これらの新しい技術のどれがいけないのか、私にはさっぱり分からない。大抵の場合、新しい技術は古い技術よりも優れていることが多い。そして、古い技術よりも本当に優れている場合には、その技術は伝統を乗り越えて普及することができる。勿論、普及せずに数多の技術が産み出されては消えていくことから、最新の技術が常に最良の技術とは限らない。

 遺伝子組換え技術は、今ようやくその普及の糸口に就いたばかりである。従来の品種よりも明らかに優れているならば普及し、従来の品種に代えるほどのメリットがなければ普及せずに消えていく。生産者、あるいは消費者の誰にとって優れた品種であるかという議論はあるにしても、遺伝子組換え技術で作り出された品種が今後普及するか否かは、余人がいかな議論をしようとも、その決着には時間のみが答え得る。

 だが、これは知っておいて欲しい。開発者は決してふざけてはいないのだ。日々、作業や実験に勤め、祈るような気持ちで結果を待つ。上手くいったといっては喜び、失敗したといっては臍をかむ。衆人環視の中で田植えをし、日照が少ないといっては組換えイネの生育を心配する。時には、炎天下の泥田で腰を痛めながら作業をし、生物多様性影響評価のため水田に殺虫剤が撒けないので、カメムシの繁殖に気を揉むこともある。

2006年7月 5日 (水)

植物病原性微生物の宿主域

 植物の病原体として知られる真菌や細菌の中には、植物以外の宿主に寄生するものがある。

 たとえばFusarium solaniは、ピーマン・ シシトウガラシ立枯症やニンジンの乾腐病の原因菌とされているが、臨床例としてヒトへの感染と患者の死亡が報告されている。 もっとも、この報告は白血病の治療のため化学療法によって免疫系の抑制された患者に限ったものであり、 免疫系が正常に機能しているヒトについては特に大きなリスクは無いものと考えられる。

 Fusarium属の真菌は作物の病害の原因菌としては非常に広く蔓延しており、 効果的な抗生物質は発見されていない(真菌に抗生物質があまり効かないこと自体は、よく知られた現象ではあるが)。

 また、植物の根頭がん腫病の原因細菌であるAgrobacterium tumefaciensは、 幅広い種の植物に感染することが知られており、遺伝子組換え植物を作成する際にも各地の研究室では普通に用いられている。近年、 実験室の環境下ではA. tumefaciensがヒト培養細胞にも感染し、 しかも外来遺伝子を導入することが報告された。 ヒトの個体と違って、培養細胞レベルでは免疫系による防御が無いため、さまざまな細菌による感染が成立すると考えられるが、A. tumefaciensに限って言えば、ヒトの個体にも感染して病気を引き起こすことが近年報告されている。

 いずれも稀な症例であり、 Agrobacterium自体が特に危険な病原性微生物であると示唆するものではなく、 特に実験室株の病原性を示唆するものではない。もっとも、 Agrobacteriumの実験室株についてヒトへの病原性を検証した例は恐らく存在しないだろう。 (そういう意味では、文部科学省の二種告示の認定宿主ベクター系の要件の書き方は、現状では病原性のある宿主をも含む可能性を排除できない。 )

 なお、Agrobacteriumの宿主域については、次のレビューがある。

 これは、Agrobacteriumが植物以外の幅広い宿主の形質転換に使用できるという総説で、酵母、 糸状菌からヒト培養細胞まで、Agrobacteriumで形質転換が行われた論文を列挙している。また、 植物よりも分子生物学的に精密な解析を行うことが期待できる酵母などを宿主とすることで、 Agrobacteriumによる形質転換の機構解明に役立つとしている点は非常に面白い。

 また、形質転換が困難な菌類のFunctional Genomicsの有効な方法としてAgrobacteriumの利用が適しているという総説も発表されている。

 

 

 と言うわけで、土壌微生物として知られている真菌や細菌は意外と宿主域が広いのだと言うことを記憶にとどめておこう。

2006年7月 4日 (火)

研究費不正受給?

 Google Newsで「研究費不正受給」を検索すると、このところ早稲田大学の松本和子教授のニュースが山ほどヒットする。

 だが、この問題の捉え方は、どこかおかしくないだろうか?国から配分された研究費を予算申請の研究期間内に使用しきらずに、 個人の投資信託で運用していたと言うことに問題があるのは論を待たない。研究予算の使い方としては至って不適切である。・・・ではあるが、 問題の本質は「不正受給」では無いと私は思う。

 問題のあった競争的資金はJSTの配分する科学技術振興調整費である(が、 配分された時点ではまだ文部科学省の直轄事業だったかもしれない)。ともかく、競争的資金は研究者の提出した研究計画を国が審査して、 予算を配分することが妥当と認められる場合に研究資金を提供する仕組みだ。従って、最初から研究者の申請内容と研究計画そのものに、 資金の提供元である国を欺く意図が込められているものであれば、「不正受給」になるが、 経費の執行を意図的に計画通り行わなかったこと自体は、「不正使用」ではあるが申請プロセス自体に不正行為が無いのであれば、「不正受給」 とは言えない。

 今回の事件が、もしも不正受給であるならば、国は松本教授を詐欺罪で告発するべきである。また、今回の件に絡んで、 財務省は今年度の科学技術振興調整費で新規に採択された申請に対する予算の算定基礎の洗い直しを指示したらしい。 おかげで106億円の研究費の執行が滞っているが、この指示は果たして本当に意味があるのか? 研究途上で得られた新しい知見に基づいて研究計画を途中で変更することは良くあることだ。スポンサーに対してきちんと理由を説明して、 正規の事務手続きを執れば、大抵のことは何とかなる(何とかならないとしたら、役所の事務担当者が上司に説明する能力が無いか、 説明する気が無いだけの話だ)。最初から数年先を見通した精密な予算要求は原理的に不可能だ。先のことが全て正確に予想できるのであれば、 その事業はもはや研究ではない。判らないことに挑むから研究なのだ。だから、大づかみの資金計画を申請することはできても、 研究初年度の時点で役所から「この人件費は本当に必要か?」とか「この設備費は適正か?」などと詰められても、 研究者がほとんど答えられないはずである。

 ・・・ 文科省のまともな担当官は、そんなことは先刻承知の上で財務省の再調査の要求に応えているのだろうが、 全くもってご苦労なことである。

 ことの本質が「不正受給」でなく「不正使用」であるなら、対応策は「事前チェックの強化」ではなく「事後評価と監査」のはずだ。 今後、予算要求時点で機関としての評価・監査体制まで採択基準に勘案するシステムにするというのでなければ、 付け焼刃で事前チェックを強化したところで何にもならないだろう。

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