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2005年2月27日 - 2005年3月5日の記事

2005年2月28日 (月)

「意見交換会」にて

2/23 つくば市の遺伝子組換え作物の規制に関する意見交換会につくば市民として参加した。

生協の職員の方から次のような発言があった。

「2点あります。一点目は国の研究機関がつくば市にあるということが議論をする上で大事です。 国の研究機関は国家政策として遺伝子組換え技術を推進している所です。決して、 国民とか市民のための科学をどうするかと言う視点については、正直言ってあんまあり、先ほど市の方もおっしゃられたように(笑いながら) 人口増加だとかですね、食糧確保だとか、環境保護のための、遺伝子組換えかどうかというところは、非常にあの、市民の中で、 あるいは国民の中でよく検討されなけれないといけない項目だと思っています。しかし、現実的には、 非常に資本がらみで企業と絡んだ利害がそこの中に入ってきます。それを、第三者機関なり市民が入った機関として、 国家政策についてきちんと、点検をする必要があると思っています。それが、世界の、あるいは日本の、 研究機関が密集しているつくば市ではその姿勢が大事だと思っています。 流通で混乱が生じないようにするためのガイドラインを作りたいのだということを、きちんと添えて、一番日本の中で研究機関が、 しかも国家政策として、進められているところできちんと、市民も参加して、国家的な科学政策について、それなりに検討できる機関を、 このつくばの方でも作っていく必要があると思っています。これがとても大事ですし、研究者も含めて色んな市民も多いという、 そういう市として、国の政策に対して市民なり国民が主体的に暴走しないように検討していく、そして慎重に対処していけるような、 それを国民のための科学なり技術なり、というところでチェックをかけてゆくことができるような組織作りをしていただきたい。 そのような趣旨で、ガイドラインを含めて、つくば市としての主体的な考え方を明確にしていくチェック機関としての、 それをぜひ含めていただきたいのが一点目です。

二点目は、国の機関が変わってきていて、独立行政法人と生格付けが変わってきた面もあって、 民間の利益目的のところとかなり一体化した研究が進められてきたと思うんです。であるが故に一層、 そこについての注意を市民レベルでもしていける場として、ガイドラインの中にその辺の注意を設けられるようにしていく。で、 具体的な監視の問題として、先般ダウケミカルの問題があって、実際には種子を取り違えたということで、 日本では許可されていないトウモロコシをやってしまったと、そうしてそれより、市とか県にどういう通報があって、どういう相談があって、 あるいはそれについて事前に、本当に国民にとってあるいは市民に有益な研究なのかどうなのかを、 ほとんど説明会では説明されないままただ説明すればよろしいと言う流れで進んでいと思うんです。で、 したがって第一種使用規定の規定する農水のガイドラインが、非常に問題が多いと思っている。ただ、 説明して意見を聞けばあとはやっちゃうんですよ。殆ど変更無しですよね研究機関は。そうではなくきちんと制御できる、 その研究とその価値も含めての、誰のための研究なのかも制御できるような、 きちんとした市民が入った組織をつくば市のほうで作っていただきたい。大枠この二点でガイドラインを含めて作るのであれば、 しかもさきほどのように単なる流通だけでなく研究機関がありますよと市がおしゃって居るわけですよね、 そこが今回ガイドラインを作る目的ですということならば、先ほどの答弁のように曖昧にしないで、 きちんと研究機関に対してどういう市民的な制約なりチェック機構を作る公的な第三者機関を作るのかどうかと言う姿勢を示していただきたい。 二点をベースにして意見を申し上げました。」

内容を要約すると以下の二点になると思う。

  1. 国の研究機関で行われる研究が市民のためのものとなるように、市民を交えて検討する機関の設置をつくば市に要望する。
  2. 独立行政法人が行う遺伝子組換え作物の栽培を市民が監視し、制御できる機関とガイドラインの設置をつくば市に要望する。

・・・多分こう言いたいのかな。発言内容を読み返してみて、一点目と二点目の言いたいことの違いがよく分からなくなってきた。

さて、規制に関する論議の是非はさておき、この方の発言は大きな勘違いに基づいて行われているように思う。この方の発言に対して、 農水系の独立行政法人の元職員として言うならば、まず、独立行政法人になったからといって、 企業からの委託研究が増えているという実態は殆どなかった。私が知らないだけかもそれないが。また、委託研究費でももらわない限り、 企業の利益のために独立行政法人の職員が研究することはない。仮に、企業の紐付き研究費で研究しても、給料や待遇には反映されないので、 あまり旨味はない。特に企業秘密に関わる部分は論文にかけないなど制約が多い場合は、委託研究であっても受けようとは思わない。

次に、農水系の独立行政法人の職員は、農業の発展と農家の利益、食品産業の振興を通じて広く国民の利益となるように働いている。 つまるところ、この国の殆どの市民が関わって暮らしているところの産業振興の為に働いている。この国で、”産業” と縁の薄い市民は公務員と団体職員(生協のような)位のものだ。産業の振興のために働くと、それがなぜ”市民” のためならないことがあるという論理展開になるのか、私には全く理解できない。

第三に、独立行政法人の行う研究は、主務官庁の厳正な制御の元に行われている。国の予算を使って行う研究は、 課題設定に際しても科学的必要性、行政的必要性、緊急性などの観点から既に監督されている。また、 国の予算を使う研究全般は内閣府 総合科学技術会議の監督下にある。これを、市民が監視・制御することに、どのような妥当性があるのか? その任に当たる市民は、議員のように市民の正当な信託を得た者であるのか?であるとして、 その者は科学的な見地から研究課題の審査あるいは監視にあたる能力があるのか?権限と能力があるとして、 どのくらいの時間で審査あるいは監視ができるのか?この方のものの見方は私には、重要な視点が欠けているように思える。

第四に、日本の人口は2010年には減少に転じる。その予測はほぼ妥当だろう。では、将来にわたって、 わが国に食糧危機が来ることはないと言えるだろうか?その点については、私は心配している。なぜならば、 わが国の食料の60%は輸入に頼っており、それは強い通貨に支えられているからだ。食料のある部分は無駄に消費されているという議論もある。 それはその通りだろう。しかし、人口の減少によってわが国の経済活動が衰退し、円の価値が下がり、 その一方で中国の人口増加によって食料の国際的な価格が高騰した場合、今と同じだけの食料を輸入し続けることはおろか、 国産農産物の価格も原油高によって高騰することになる。生産コストを下げる多収作物の開発は、単に発展途上国だけの問題ではない。 すくなくとも笑いながら口にするべき問題ではない。

さて、発言内容についての私の見解は以上である。次に、この方の発言の根底にあるものの見方について、私なりの想像を働かせて見る。

  1. "市民"と"国家や企業"は対立する概念である。
  2. 市民の判断は正しい。
  3. 企業や国家という力を持つものは市民の視点を欠いており、市民に害を与える。
  4. 企業は金儲けの為に悪いことをする。
  5. 独立行政法人の研究者は、市民に有害な研究をする。

概ねこのような図式に基づいて上記の発言があったのではないかと想像する。1.については、どのような企業の職員も、 公務員も市民である。そうでない市民は学生か団体職員か専業主婦くらいである。対立する概念だとすると、学生、団体職員、 専業主婦のほうが社会から孤立するかもしれない。

2.については、正しい場合もあるし、そうでない場合もある。ただ私に言えることは、「市民は判断の結果に責任を負わない」 ということだ。市民の判断は常に正しいという見方には全面的に反対する。多くの市民は目先の問題には反応するが、 長期的な展望や問題意識を持たない場合が多いように思う。

3.については、害を与えることもある、が、行動原理として害を与えることを目的としているわけではない。 企業や国家は行為の結果において責任を持たねばならないが、常にあるいは高い確率で害を与えるわけではない現状に鑑みて、 この考え方は偏っていると思う。

4.については、企業の経済活動に、"正当な収益"と"金儲け"の線引きはできないように思う。3.と同様、 常にあるいは高い確率で悪いことをするわけではない現状に鑑みて、この考え方は偏っていると思う。

5.については、害を与えることもあるかもしれない、が、行動原理として害を与えることを目的としているわけではない。 研究者は研究の結果において責任を持たねばならないが、常にあるいは高い確率で害を与えるわけではないし、 これまで害を与えたという事実もない現状に鑑みて、この考え方は著しく偏っていると思う。

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2005年2月27日 (日)

「・・・になります」って一体何が何になるのだ?

昨日の夕食時のこと。とあるファミレスで次の表示を目にした。

natteru!

「お茶とお冷はセルフサービスになります。」って、一体何が「セルフサービス」に「なる」のだ? 「お茶とお冷」が「セルフサービス」になるというのか?これのプレートを採用した人は、どうして「お茶とお冷はセルフサービスです。」 という伝統的な表現を避けたのだろうか。

コンビに等で、「こちら、○○円になります。」という口語表現は、この3年ほど耳にしている。この「・・・になります」 という口語表現を耳にする頻度から推測して、ことの是非とは別に、いわば21世紀型の日本語として定着しつつある状況にある。

現状として、この表現は広汎に見られるのだが、その一方で、そこには何らかの「理由」があるのだろうか?構造主義的な考え方では、 ある言い回し普及(=構造の布置の変化)は、構造(言語)の制約は受けるものの、恣意的に起きるとされる。 すべての構造の布置の変化が恣意的であるとなると思考停止に陥ってしまうので、ここはとりあえず何か理由があると考えてみたい。

「・・・になります。」

まず、この言い回しによって表現される「こと」の意味は「・・・です。」と同一であると考えてみる。すると、今世紀に入って「こと」 の性質が世間で一斉に変化したためにこの表現が広まったとは考えにくい。したがって、この表現が普及した根底には「こと」 の意味の変化があったとは考えにくい。

そうすると次に考えられるのは、「・・・になります」と言う場合の表現の特徴に何か鍵がありそうだ。「なります」は「なる」 の丁寧な表現だ。では「なる」=「成る」とは?辞書にある伝統的な語法では、

  1. できあがる。仕上がる。
  2. 組み立てられている。成り立つ。→「ダ・ヴィンチの筆になる」
  3. {「・・・して」、「・・・で」をうけて}我慢できる。さしつかえない。→「不安でならない」
  4. 他のもの、状態に変わる。→「燃えて灰になる」
  5. ある状態・時期・数量に達する。→「大きくなる」「花見時になる」
  6. 結果としてある状態が生ずる。→「何かと為になる」

くらいである。おそらく、5.6.あたりの使い方になります。いかんいかん、5.6.あたりの使い方だ。

つまりは、「結果」を提示する「だ・です」と同様の使い方でありながら、 変化をあらわす意図があるように感じられる。上述のケースでは提示される対象は「お茶とお冷」だ。 これが「セルフサービスになります」というのであれば、「お茶とお冷」は本来は(あるいは世間一般の常識としては) セルフサービスではないのだが、当店ではそれに変わってセルフサービスですということになりはしないか?であるとすれば、 世間並みのサービスよりは、手抜きであることを自覚しているので、本来ならば、 「お茶とお冷はセルフサービスとさせていただきます。」という謙譲語を使って然るべき場面であるように思う。

おそらく、「・・・になります。」、という表現のかもし出す不快な雰囲気の正体は、本来謙譲語を使用するべき場面で、 「・・・になります」という意味不明の言い回しをすることで、当為の責任を何かに転嫁していることにあるのだ。つまり、 「・・・になります」という表現をすることの意図は、責任の所在を曖昧にするためであったのだ。

言語学的な言い方を借りるならば、「・・・になります」 というシニフィアンによってあらわされるシニフィエは聞き手に意味するところの明確な輪郭をもたらさない点で曖昧な印象を与える。これを、 「やわらかい表現」と勘違いしているのではないだろうか。

ことばが変化していくことは止められない。が、その意味内容を置き去りにして、 表現だけが伝えるべき内容を正確に定義しない方角へと漂流していくことは、私には耐えられない。そのうち公文書にまで、「○○の案件のほう、 ××となります。」という言い回しがはびこるようになる日が来るかと思うとぞっとする。

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