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2005年8月28日 - 2005年9月3日の記事

2005年9月 2日 (金)

稚内で見たものは・・・

遠いところわざわざよくお越しくださいました。 12時50分くらいから20分ほど郵政民営化の意義と武部さんの応援の演説をして、またどこかへ去ってゆきました。

演説の趣旨は「武部さんは偉い!それを選んだ皆さんも偉い!郵政公社で行っている、郵便、保険、預金の三つの事業は、全て民間でできます。郵政を民営化すると国のお金320兆円が、みなさんのところにもいきます。郵政公社は税金を払ってないんです。民営化すると税金も増えます。今は、国家公務員26万人を抱える組織に5千億から1兆円をつぎ込んで、見ない赤字を埋めているんです」

突っ込みどころはありますが稚内までご足労いただいたことに敬意を表してやめておきます。でも、一点だけ言っておきたい。宅配便の配達エリアは「一部離島を除く」ってことになっています。郵政民営化後、郵便事業をする者に法律で全国一律のサービスを義務付けるのであれば、宅配業者にも同じ義務を負わせるべきです。それが公平な競争ってものです。

さて、明日つくばに戻るので、みやげ物を物色。稚内オリジナルの珈琲クッキーを発見。これに決めた。 しかし、どうして稚内で珈琲なのか?クッキーのパッケージの能書きに曰く

今、最もポピラー(原文のママ)な飲み物のひとつとして広く親しまれているコーヒー、 そのコーヒーが日本で最初に飲まれたのは稚内でした。

江戸幕府は北方警護のため、宗谷に東北の藩士を派遣しました、(原文のママ)本州最北の藩士たちでしたが、 北海道のケタ外れな寒さにはかなり苦労したようです。そこで幕府が藩士たちに配給したのがコーヒーだったというわけです。 コーヒーは一般には出回っておらず、庶民がくちにしたのはこれがはじめてだろうと言われています。

藩士が「寒さに苦労する」とどうして幕府が「配給したのがコーヒー」になるのか、イマイチ納得のいかない説明です。珈琲クッキーのパッケージの左下に移っている写真の石碑は宗谷にあるもので、現地に行った際に読んだこの石碑の説明によると、越冬中の藩士には水腫病を発症するものが多く、その治療薬としてコーヒー豆が配られたとのこと。コーヒーは薬だったのですね。もっとも薬効があったかどうかは定かではありませんが。

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