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2005年2月 1日 (火)

あくまでも懸念を見つけ出し批判する新聞社

 核燃料サイクル開発機構の広報部長 久保稔氏と毎日新聞の論説委員長 菊池哲郎氏の往復書簡には、目を見張るものがある。 やり取りは延々と続いているのだが、    特に目を引いたのは毎日新聞社からの平成16年3月22日付けの回答である。    毎日新聞の論説委員長 菊池哲郎氏の書簡にはこのようにある。

 

「新聞ジャーナリズムは根源的に追従的でなく批判的である、そうあらねばならないと考えています。   それが大きな存在理由と心得ているからです。[略]あくまでも懸念を見つけ出し批判します。」

 そうだったのだ。毎日新聞はあくまでも懸念を見つけて批判するのが新聞社の使命と心得ているのだ。しかし、その懸念とは、 具体的なリスクをさすのか、あるいはリスク不安を指すのだろうか?誰がどのように、その判断をするのか。もし後者であるならば、 事実確認をせずに悪戯に騒ぎ立てて騒動を起こすだけではないのか。たとえば、所沢ダイオキシン騒動のように。   

 世人の先に立って警鐘をならすのが社会の木鐸たる新聞社の勤めかもしれない。かも知れないが、 その強大な発言力にはそれなりの責任が伴うのだ。事実誤認に基づいた報道は、明らかに悪である。その責任は誰が負うのか。新聞社においては、 報道することのリスク・ベネフィットと報道しないことのリスク・ベネフィットのバランスシートはあきらかに、 報道することを推進する方向に傾斜している。誤報をしても新聞社はリスクを負わない一方、 日々の紙面をうめるためには記事を生産し続けなくてはならないからだ。限られた紙面で何を伝えるかが重要だという考えもあるが、 不完全な情報を断片的に流して読者に偏向した考えを植え付ける害悪を考えると、無理に書かないという選択はありえないのだろうか。 上記の論説委員長の姿勢は、遺伝子組換え作物を巡る毎日新聞の報道姿勢にも共通しているように思える。

 

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