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2005年1月の記事

2005年1月26日 (水)

いいかもxoops

週末からxoopsというソフトをいじっている。MTと違ってマルチユーザー指向なのでユーザーの権限がかっちり決められるのと、 機能がモジュールに集約されているので、掲示板、blog、wikiなど使いたい機能ごとにセットアップできる。 非常に柔軟性に富むアプリケーションである。

セットアップも実に簡単で、ちょっと使ってみて惚れ込んでしまいました。多くのblogは将来的にはxoopsを目指すかも知れない。

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2005年1月22日 (土)

Ubicast bloggerは実にいいぞ!

 このソフト、手放してほめてしまいます。これはいい!Ubicast blogger万歳!であります。特に、 このソフトの基本的機能である、オフラインでエントリーを編集して、あとで投稿するというところが、実にいい!

 私は、主に通勤中のバスでblogを書いてG3データカードで送信しているものだから、電波の状態が悪くなると、 エントリーを途中で保存する訳にも行かず困っていました。Ubicast bloggerのおかげでストレスなく編集できます。

 

2005年1月21日 (金)

楽しい電話・・・?

以下はフィクションである。現実に、似たような話は時折あるが。

私の居る部署の若い衆が電話を受けて何か話している。

若:「Dさん。DNAに詳しい人を出せとおしゃって居るのですが、お繫ぎしてよろしいですか?」

D(私):「はいよ。受けますよ。」

楽しい電話・・・?

以下はフィクションである。現実に、似たような話は時折あるが。

私の居る部署の若い衆が電話を受けて何か話している。

若:「Dさん。DNAに詳しい人を出せとおしゃって居るのですが、お繫ぎしてよろしいですか?」

D(私):「はいよ。受けますよ。」

-----

O:「あー、もしもし」

D:「はい、お電話変わりました。」

O:「私は、宮城県のOと申しますが、DNAに詳しい人と話をしたいのですが。

D:「はぁ、私でよろしければ」

O:「あのう、日本の生物学教育では、進化論を教えていますよね。あれは色々な考え方のある中での一つの説であって、 他にも考え方があるわけです。」

D:「と、仰いますと?」(多分、アメリカで創造説を教える州があることを引き合いに出すな!)

O:「アメリカでは進化説の他に、生物は神が創ったという創造説を教えますが、どちらを採るかは生徒に選ばせます。」

D:(本当かいなと思いつつ)「生徒に選択させているかどうかは存じませんが、確かにそのような州もあるとは伺っております」

O:「カナダでは、進化説と創造説のほかに、人類は宇宙人が作ったという説を教えています」

D:「ほ、本当ですか!」(あぁ、困った。こりゃー困った。)

O:「そうです。事実は、人類は宇宙人が作ったのです。しかし、日本の教育では進化説しか教えない。 選択の余地がないというのは本当に困ったものです」

D:(困ったものってどっちのことだい!と思いつつ)「それで、あなたはここに電話してきて、一体どうなさりたいのですか? 日本の教育現場でも人類は宇宙人が作ったと教えろと、そう仰りたいのですか?」

O:「そうして頂けるとありがたいのですが」

D:「それで、人類は宇宙人が作ったという事実は、どなたか研究なさっている方がおいでなのでしょうか?」

O:「ある人が、確かに宇宙人が作ったのだと、そういっています。」(確信的にきっぱり。)

D:「もしかして、その、確信を持っていらっしゃるからには、あなたのお知り合いに宇宙人がいらっしゃるんですか?」

O:(やや間があって、ちょっとうろたえ気味に)「・・・いや、ある人がそういっているのです。」

D:「科学的に正しいと言われていることというのは、どこかの誰とも分からない人が、こう言ったというだけでは通用しないんです。 多くの研究者が検証して、確かだと言える事だけが長い時間の中で残っていって、それが事実として認められるんです。 研究の積み重ねもないものをいきなり学校で教えろって言うのは、あまりに乱暴に過ぎませんかね。それとも、 どなたか研究してらっしゃるんですか?」

O:「あんたは、そうやって理屈を言うけれども、人間は時には直感に従うものです。人間が多くの生き物の中で唯一、 宇宙に行きたいと思うのは、宇宙人が作ったからです。そうでなくて、どうして宇宙に行きたいと思うんですか。ところで、あんたは、 DNAは人間の設計図だと思いますか」

D:(直感で研究が成り立つならうらやましい限り、と思いつつ)「いえ。あなたの仰るDNAというのが、 デオキシリボ核酸であったとしての話ですが、DNAは人間の設計図ではありません。ただの物質です。設計図の図面に例えるならば、 DNAは紙やインクのようなものです。それが人の設計図といえるようになるには、 遺伝情報を伝えられうように決まりをもって並んでいなくていけません。言い換えると、 DNAの並んでいる順番によって決められる情報そのものが設計図に近いものです。DNAそのものは設計図では、ありません。」

O:「人と猿の違いだって、DNAで決まっているんだから、設計図じゃないですか。」

D:(この人は媒体と情報の区別がつかないのだなと思いつつ)「最近、ヒトとサル、チンパンジーですが、 その遺伝子多数を比較したという論文が出ているのですが、それによると、遺伝子の数で言えば98.6%までが共通で、 違っているのは1.4%くらいだということです。しかし、ヒトをヒトたらしめているものが、わずか1.4%であるという数の議論は、 この際あまり重要ではないんです。全体が構造的にどんなに似ていても、遺伝子の働きを決める部分が大きく違う場合もありますし、 そういった少しずつの構造的な積み重ねで、見かけが大きく変わることもあるんです。遺伝子の本質的な意義は機能にあるんですよ。」

O:「あんたね、DNAの専門家なのか?」

D:(自分でDNAに詳しいやつを出せといったくせに!とおもいつつ)「DNAの多様性の解析で学位を頂いております」

O:「あんたね、人間がいくら賢いったってね、宇宙人から見ればね、2万5千年は遅れてるんだ! サルにはサル並みの教育しかできんのか、あーあ。ガシャ、ツー」

D:「2万5千年って・・・。」

-----

D:「おい、若い衆。」

若:「はい?」

D:「技術的な相談の電話は受けるけどね、今のみたいなのは困るんだよね。人間を作ったのは宇宙人だ、それを学校で教えるべきだ、 なんていうのは。おれ、宇宙人の専門家じゃないし。私の電話は、外から直通ではかからないようになってるんだから、 君がファイアウォールになってくれないと困るじゃないか!」

若:「宇宙人って・・・。ボクが話してたときはそんなこと言ってなかったんですけどね。」

D:(うんうん。あんたなら話が合うんだろうなぁ、と思いつつ)「人に電話を繋ぐときは、用件をよく確かめてからにしてください!」

隣で聞いてたNさんは、「そんな電話でDさんを遊ばせてちゃ、だめじゃない。仕事してもらわないと!」ですと。

・・・というある日の妄想であった。

もっとも現実は、限りなくこれに近い。

-人工衛星に狙われている!という人

-携帯用小型核融合炉の図面をFaxで送ってくる人

-秘密機関につかまって手術されて何か埋め込まれた!という人

-いい賃貸の物件があるんですが、投資してみませんか?という人

前三者よりは幾分現実的だが、私どもにそんなお金があると信じ込んでいるあたりの現実遊離は、どっこいどっこいである。 この手の勧誘はハイカラげな会社名を言って、前任者のO坪さんにお話がある、といってファイアウォールを潜り抜けてくることがある。 今度かかってきたら「はい、O坪です。」と明るく電話を受けて罵詈雑言を浴びせてから切って見ようかと楽しみにしている。

2005年1月19日 (水)

網羅的発現解析のTPO その2

 AFLPベースの網羅的発現解析の手法が日本で開発された。HiCEP(High Coverage Expression Profiling)という。

 前回は測定器としてDNAシーケンサーを使う手法との比較を試みたが、 今回は網羅的遺伝子発現解析プラットホームの標準として普及しつつあるDNAマイクロアレイと比較してみたい。

HiCEPの方が優れていると思われるおもな点を列挙する。

  1. プラットホームが普及している。また、改良のスピードが速い。
  2. ゲノム情報の揃っていない生物にも適用可能。
  3. SNPによるシグナル強度の誤差はない。
  4. 再現性が高い(らしい)
  5. cDNA情報として網羅されていない転写産物についての情報が得られる。

逆にDNAマイクロアレイの方が優れていると思われる点を列挙する。

  1. 市販のアレイと検出キットを使用する場合、他のラボのデータとも容易に比較できる。
  2. シグナルの対応する遺伝子があらかじめ分かっているので、測定したい遺伝子を決めて、 その発現パターンとの対応を容易に見ることができる。
  3. シグナル強度の誤差の性質が比較的良くわかっている。
  4. 検出器のダイナミックレンジが広い。

などなど。思いつくままに書いているので取りこぼしはあるかもしれない。

以上の比較で見えてきたことは、すでにゲノム研究のデータが完備しているモデル生物には、 複数のラボでデータが共有できる大規模プロジェクト向きのDNAマイクロアレイが適しており、小さなラボ単独で、 モデル生物以外の生物について解析したい場合には、HiCEPが適しているといえるだろう。

 一頃よりはDNAマイクロアレイ・リーダーも技術的に成熟しており、 DNAマイクロアレイ自体もcDNAよりは長めのオリゴDNAアレイが主流になりつつある。 この5年くらいで研究のプラットホームとしての完成度はずいぶんと高くなってきた。しかし、 分析機器としての総合的な完成度はまだDNAシーケンサーには及ばないし、DNAマイクロアレイの市販されていない生物については、 自らスポッターも買わなくてはならず、解析プラットホームの整備に必要な経費は3,000万円程度はかかる。HiCEPの場合、 DNAシーケンサーもピンキリではあるが、最低700万円くらいあれば何とかなる。できれば2700万円くらいの機種であれば感度、 スループット、自動化の効率とも申し分ない。しかも、DNAマイクロアレイリーダーは専用機であるのに対し、 DNAシーケンサーは当然のことながらDNAシーケンスにも使える。 設備投資の効率としてはDNAシーケンサーの方が優れているかもしれない。

 実験に当たって必要な研究者の拘束時間(ベンチタイム)についての比較は、やってみないとわからない部分が多いが1st strand  cDNA合成後の反応としては、マイクロアレイはハイブリダイゼーションと洗浄 (ハイブリダイゼーションの時間はベンチタイムには普通含まない)で、ほぼ1時間。HiCEPは2nd strand cDNA合成と制限酵素処理二回、アダプターライゲーション、 PCRと酵素反応がテンコ盛りなので拘束時間とランニングコストは結構高くなる公算が高い。積算してみないと正確な比較はできないが。

2005年1月18日 (火)

「ODA0.7%を」 国連、貧困対策で常任理希望国に

 1/18の朝日新聞の見出しである。記事によると、「日本[のODA]は[GNPの]0.2%で、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)に属する22の援助国のうち、19位(03年)にとどまっている。米国は最下位だった。」とある。([] は私が補足した。)
 しかし、この記事では、開発援助委員会(DAC)に属する22の援助国のうち、金額ベースでは日本が最大の援助国(アメリカは二位)であることには一切触れていない(外務省のホームページ、2000年の集計。最新でないのはアレなのですが。)。
 朝日新聞は、22カ国のODA全体に占める日本の貢献度は25%であること、GNP比0.7%を達成している国は5カ国であること、常任理事国(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国)のうち、この基準を満たしている国はひとつも無いという事実もまた報道するべきである。この答申をした、アナン国連事務総長から提言を求められた専門家は、この辺の事情をどう考えているのだろう。
# 特に「常任理事国入りをめざす日本について質問を受け、「地球規模の指導力を追求する国が、開発援助の対GNP比0.7%達成という約束をどうするかに世界が注目している」と述べた」アメリカ・コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は。

 また、「外務省関係者は「0.7%は増税でもしない限り無理。援助減で常任理事国入りが遠のくことのないように努力する」としている。」というコメントも載せているが、0.7%を達成する方法はそれだけではない。GNPを下げれば良いのである。0.7%達成の目処とされる2015(10年後)には、わが国の高齢化は一層進み、労働人口は減り、GNPも今よりは低くなっているかもしれない。しかし、もっとましなコメントはできなかったものかね。他にも言ったのにバッサリ切られたのでしょうか。

 ともあれ、GNP比のみで援助額を算定するのはおかしい。「身の丈に応じた援助を、」という意味合いもあろうが、日本の高いGNPの幾分かは、物価高によるものだろうから。

2005年1月13日 (木)

網羅的発現解析のTPO その1

 AFLPベースの網羅的発現解析の手法が日本で開発された。HiCEP(High Coverage Expression Profiling)という。
 手法の特徴としては、高感度、高再現性、ゲノム情報のそろっていない生物種にも適用可能という。ブレークスルーは、従来のAFLPベースの手法(cDNA-AFLP, 1)では、PCRの段階で使用するプライマーやアダプターの設計に問題があってニセのシグナルが出現しやすかった点を改良し、再現性を高めた点にあるという。
 詳細は論文(2)や総説(3)を参照していただきたい。
 DNAシーケンサーを測定器とする網羅的遺伝子解析の方法としてはSAGEが先発であるのでそれと比較する。
 実験のデータ取得の部分はDNAシーケンサーを使用したフラグメント解析でるので、得られたピークの高さが遺伝子の発現量をあらわす。そのため、SAGEのように大規模な塩基配列の決定は必要としないが、個別の実験データを比較するためには標準化のための工夫が必要となる。その反面、SAGEでは塩基配列の出現回数を数えるためデータが離散的であり、別個に行った実験の比較に際しても内部標準を必要としない。HiCEPでは、cDNAを制限酵素処理してから磁性粒子に固定し、さらに別の制限酵素で処理して上清に遊離したcDNA断片を回収することで、個々のシグナルが単一の遺伝子に由来するように調整している。この手順は、全て液相で反応させるAFLPよりも、やや煩雑でコスト高である。
 データの再現性については、PCRによる増幅は鋳型DNAの量に依存せず最終的にはプラトーに達する性質を上手く利用しているが、これは一般的なケースでは優れた方法であるが、一面、細胞内の転写産物の総量が増減する場合には適応できない(では、どのような方法なら適応できるのかはわかりませんが)。
HiCEPについて上記の総説や論文を読んだ結果、いくつか疑問に思うことがあったので下記に列挙する。
1. 総説(3)によると、「発現プロフィール解析の場合その強度に関する再現性が厳しく求められるため,驚くほどの泳動のやり直しが出てくる。」とある。PCRがプラトーに達しているのなら、最終的なサンプルの濃度については、それほどの差は無いはずなのだがなぜだろうか?また、PCRの部分にReal Time PCR装置を使用することでサンプル間の増幅のばらつきをモニターして濃度を揃えるなど、ほかに方法は無かったのだろうか。あるいは、蛍光プライマーを使用してPCR、エタ沈後に蛍光光度計でシグナル強度をそろえるとか。
2. 選択的PCRのステップでは、プラトーに達するまでサイクルを繰り返しているが、本当は増幅が直線的な時期に止めた方が良い。(無駄にサイクルを重ねるとアーティファクとが増える。)
3. DNAシーケンサーの能力の制限から、分離可能なcDNA断片のサイズは約40bpから700bp(最新のABI PRISM3130xlあたりでは35分間で約670bp)である。シーケンシングの場合は、個々のピークの高さはと幅は、ほぼ均一であるため同じ塩基が連続している場合でも、その塩基数を推定することは可能である。しかし、HiCEPの場合、ピークの高さと幅はまちまちであり、cDNAの長さの違いが一塩基であって、ピークの高さが大きく異なるような場合には、それぞれの面積を正確に予測することは難しい。
4. DNAシーケンサーの検出できるシグナル強度のダイナミックレンジは、何桁あるだろうか?最近のDNAシーケンサーはスペクトラムの取得にCCDを使用しており、非常に高感度である。が、ダイナミックレンジはまた別の問題である。DNAシーケンサーのダイナミックレンジはマイクロアレイ・リーダーと同等だろうか?少なく見積もっても4桁は必要であると思う。(その点SAGEの検出原理は塩基配列の決定なのでこの問題は生じない。)
5. 複数の蛍光色素を使用する場合、それらの量子効率とDNAシーケンサーの感度の違いによる、蛍光色素に起因するシグナル強度の偏差は補正はできているだろうか?
6. 総説(3)によると、選択的PCRのプライマー設計において、「即ち,選択に用いる最後の2塩基を除いた18塩基のGC含量を60%とマウス,ヒトのゲノムの平均値41%より遙かに高くし安定させることで温度依存的な不安定性をまず3'末端2塩基の部分で生じるようにする。」とある。しかし、この場合cDNAのGC含量を基準に考えるべきでは無いのか?もっともPCRのアニーリング温度は伸長の温度を超えることは無いので、設計上の根拠は何であれ、HiCEPのアニーリング温度71.5度というのは合理的である。いっそのこともう1塩基伸ばして2step PCRにしたほうがすっきりするとは思うが。
7. 結局、別々の電気泳動で検出した実験データを標準化する方法は論文を読んでもわからなかった。別の個体や機種のDNAシーケンサーで取ったデータも含めて標準化してデータベースを構築できるとすばらしいのだが、どうやらそうではないらしい。

 いずれにしても、シーケンスゲル+銀染色のcDNA-AFLPよりは長足の進歩であることに間違いはない。ダイナミックレンジの問題やデータの標準化など現時点で取り組むべき課題は残されているものの、優れた手法の一つであることには違いない。
 網羅的手法の一方の雄であるマイクロアレイとの比較は他日に譲る。

2005年1月11日 (火)

"もの研究"における"ゲノム研究"的展開

[前置きがちょっと長い]
 毎日新聞に「理系白書シンポジウム 理系の壁をこわす~みんなで考えよう」と題するシンポジウムの記事が掲載された(1)。いや、しかし、このサブタイトルからして、"文系・理系"の間に壁があることを、しかも、その壁が理系という特定の領域を囲い込んでいることを暗示している。というか、タイトルを付けた主体は”文系の側”に居て、壁の中の"理系"に対してアプローチするのだ、という態度をとっていることが透けて見える。深読みのしすぎだろうか?
 そもそも、"文系・理系"とは何か?"文系"と"理系"の間に壁はあるのか?壁があるとしたら、それはどのような配置で文系と理系を隔離しているのか?という問題設定が、議論を始める前に提示さるべきではないか?そこから「理系と文系は別だ」→「その間に壁はある」→では「理系の壁をこわす」と言う展開になるのならわかるのだが、いきなり「理系の壁をこわす」では、「そもそも壁など無い」という展開に持っていかれたらお仕舞ではないですか。それとも、その前段を理解するには毎日新聞社の「理系白書」を読め!ということなのでしょうか。
 シンポジウムの中で毛利衛さんが「「文系白書」がなくて「理系白書」があるということは、理系はやはり特殊で少数派だという認識が社会にあるからでしょう。」と仰っているあたりから、「日本の社会においては文系の人・理系の人という区別がなされている」という現状認識に基づいた議論であることは辛うじて伺えますが。
[私の態度]
 日本の社会の現状として、人を処遇する上で"文系"と"理系という区別(差別)は確かにある。しかし、その前提である"文系"と"理系"という区別には意味は無い。人は生まれながらにして"文系"や"理系"であるはずは無く、教育の過程で本人の適性や指向性に応じて選別されるだけのことである。
 我が国で"文系・理系"として区別とされているものは、本質的には物事に対応するときに、「経験に基づいて直感的・情緒的に対応する」か、あるいは、「データをとることで物事を抽象化し、明示的な原則に従って対応する」かである。私は、前者を「研究しない人」後者を「研究する人」と類別している。
 この、「研究しない人」と「研究する人」とする類型化は、大学における研究分野の"文系"、"理系"を問わずあてはめることができる。また、それにとどまらず、広く社会全般を構成する人々の類型化にも有効である。つまりは、これらの違いは自分の判断の合理的な根拠を示せるか否かといっても良いだろう。あなたは、どっちですか?
 私の態度は、「日本には人を処遇する上で文系・理系の区別はある。しかし、その区別の根拠は不合理的である。したがって、そのような区別は無くすべきである。」と要約しておこう。
[この研究は文系?理系?]
・美術史: 絵画の顔料の蛍光X線分析で元素を特定し、顔料の開発・使用された年代についての文献的知識と照合して描かれた年代を推定する。
・考古学: 石器の表面の水和層の厚さの精密測定結果から、製作年代を推定する。
・考古学: 銅鏡の不純物の元素比率から、鋳造産地を推定する。
・国語学: 源氏物語の文頭文末の計量分析から、巻ごとの作者を推定する。
・?: 茶道の所作、道具の類似度からクラスター分類を行う。
・医学・生物学: ES細胞の医学的利用に対する国民的コンセンサスに向けての意識調査。
 etc. このほか、データマイニング的な手法で古文書の写本の履歴を明らかにする、とか、非生物の系統解析に生物学の計算手法を適用するとか、融合分野は花盛りである。さて、このようにアカデミズムの領域では、もはや文系・理系という区別では捕らえきれない研究分野が萌芽し始めているところである。
 さて、そのような状況の中で、最近私の目を引いたのは「もの研究」という研究領域、というか、アプローチの姿勢である。
[おもむろに本題に入る]
 もの研究とは何か、はこちらをご覧頂きたい。このアプローチの中でも、私の関心を引いたのは、「もの研を支える理念」の中の「もののもの性」という考え方である。詳細はリンク先を読んでいただきたいが、「もの」に迫るアプローチの仕方が、生物学の分野における個別の遺伝子研究からゲノム研究へとシフトして行った際の考え方と良く似ている。少なくとも、私にはそう読める。たとえば、「もののもの性」の一部について、「もの」を「遺伝子」に置換してみると次の様に読める。
しかし、それらの遺伝子には、直ちに名前と意味が与えられ、ある役割・機能に制限された「特殊な遺伝子」とされます。逆に、そうした意味などが付与されない遺伝子は、「単なる遺伝子」とみなされ、文字通り「無意味な遺伝子」という形で、我々の意味世界から放逐されがちです。

裏返して言えば、遺伝子を、遺伝子そのものとしてではなく、「意味ある遺伝子」として対象化 objectification することによって ―― つまり、遺伝子を主体 subject にとっての対象 object へと限定することによって ――、従来の遺伝子観には必然的に「主体」への過度の傾斜が存在していたのではないでしょうか。遺伝子を見て、遺伝子を問うているはずなのに、常に遺伝子を見る私のほうが問われてしまうという具合に、問いの焦点が遺伝子から主体へと反転してしまう逆説。
 これは、従来型の個別の遺伝子研究-手に入る限られた情報に基づいてモデルを立て、代謝経路全体を推定する-では、目に見える限られた遺伝子に過剰な意味づけをしがちであって、しばしば全体像を見落とすことがある、というアナロジーを想起させる。
 また、同じページの「ものの多元性」では、筆者は次の様に述べている。
つまり、それぞれの学問分野は、各々の研究対象たるものを特定の役割・機能に制限された「特殊な遺伝子」に翻訳することを研究活動の前提としていたのではないでしょうか。前段の言葉を使えば、各分野ごとに遺伝子を選別し、選ばれた一部の遺伝子のみを各々の流儀で「意味ある遺伝子」として対象化することではじめて、各学問は成立しているように思われます。
 ほらね?個別の研究分野は、研究対象に過剰な意味づけをすることで、その他の現象と差別化することで成り立っているという洞察があるでしょう。個別の遺伝子研究に対する批判してゲノム研究を立ち上げたのと同じ構図がここに見て取れます。
 生物学においては、この「対象化」という過程をできるだけ省くためにとられたアプローチの一方は、対象を限定しないで"全部やる!"というゲノム研究(あるいは、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、フェノームetc.のOME的アプローチ)であり、方や、計算機科学と生物学の融合から生まれたシステムバイオロジーにおける"Model Driven"から"Data Driven"への思考方向の転換です。
 遺伝子研究においても、コンテクスト依存でない対象の捕らえ方が進んでいますので、このような方法論は比較的理解しやすいと思います。その一方で、個々の生物種の遺伝子というものは、ほぼ有限集合であって系として閉じているのに対し、「もの」はそうではない。時間の経過に伴い無限に増殖する可能性を持っているので、ゲノム研究的なアプローチはとり得ない。そうなると、「もの」とそれと係る「人」の関係を抽象する文化人類学的アプローチを取るのだろうか?などなど、疑問は尽きないところです。「もの研究」の本質は、その方法論を含めた反省と絶えざる問いかけなので、結論は必要ないのかもしれません。

2005年1月 4日 (火)

レトロウイルスはゲノムに眠る

 キリンビールの開発した、ヒト抗体産生マウス(TCマウス)は、ヒト染色体を持ち、そこにある遺伝情報が発現するマウスである。
 昨年末、その作成方法の大まかな手順を拝見しながら、私はあることを思い出していた。ある種の野生マウスのゲノム中には、自立増殖可能なレトロウイルスのコピーが含まれており、通常の状態では何らかのサイレンシング(おそらくは、TSG?)によって抑制されているが、実験系統のようにゲノム中にレトロウイルスのコピーを持たないマウスとの交雑後代では、ウイルスが活性化するという事例を(1)。
 ヒトのゲノム中に、マウス細胞で自立増殖可能なレトロウイルスがコードされているとは思わないが、細胞融合で異種染色体を導入する場合、組み合わせによっては思わぬレトロウイルスの活性化があるかもしれない。そして、活性化したウイルス粒子が放出されるチャンス(というかリスク?)は、融合する細胞の種がある程度近縁な方が大きいだろう。
 しかし、細胞融合後の染色体の脱落を狙うなら、あまり近縁な組み合わせでは意味が無いので、実際に実験を行なう場合には遠縁の生物種同士になるし、その場合は予想できないレトロウイルスの発生は気にしなくてもいいのだろうな・・・(インフルエンザのようにトリとヒトに感染するウイルスもあるが、少なくともレトロウイルスに関しては、宿主指向性は狭いと考えられるので)。

#ヒトゲノム中に潜んでいたウイルスが、TGSを逃れるように変異して、ある日突然人類に襲い掛かる!というのは、SFのネタとしては悪く無いかも知れませんが。

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2005年1月 3日 (月)

フグを食うことのリスク

 日本にはフグを食べる食習慣がある。日本近海で水揚げされるフグの多くは一部の例外を除いて有毒である(無毒なシロサバフグというのも居る)。中毒の原因となる毒素、テトロドトキシン(tetrodtoxin)あるいはサキシトキシン(saxitoxin)については詳しく研究されており、構造、毒性の作用機作と(半数)致死量、熱安定性、フグ体内の局在性(フグの種・生息地域等によって異なる)、自然界での生物濃縮などについて知られている。フグの毒性については世界的にも認知されており、食用にする習慣があるのは日本くらいのものであろう。
 致死性の毒があると判っているのに、それを敢えて食べるのはなぜか?それは、どのような種のフグの、魚体のどの部分にどのくらいの量と種類の毒があるかがあらかじめ判っており、それを除去して食べれば非常に美味であることが判っているからである。
 そう。「フグを食べる」という日本の食習慣は、リスク管理を正しく理解する上で非常に好都合な事例なのである。

[有害性(ハザード)]


1. フグは毒魚であるため、食べると食中毒の危険がある。
2. tetorodotoxinを摂取すると死亡する危険がある。
3. 他の魚介類同様、有機水銀やダイオキシンを含む可能性がある。
4. フグは高い。5,500円~6,000円/kg(養殖もの、2004年末、東京卸売市場)。

[利点(ベネフィット)]


1. 食べると、美味い。
2. 食べると、タンパク源になる。

[リスク評価]


1. フグの魚体に含まれている代表的な毒素テトロドトキシンの致死量は0.1-10μg/kg体重(ヒト)である(1)。
2. フグは種によって毒性が異なり、最も毒性の強いメフグの卵巣やクサフグ、コモンフグの肝臓では、2gでヒトの致死量に相当するテトロドトキシンを含むものがある(1)。その一方で、シロサバフグのように無毒な種もある。
3. 有機水銀やダイオキシンを含む可能性は否定できないが、フグの寿命や習性から考えて、他の魚介類よりもこれらのリスクが特に高いとは考えにくい。
4. 高価な魚なので、経済的に余裕が無い場合に自腹で食べるのは危険である。

[リスク管理]


1. 毒性の無い部分のみ、あるいは毒性の無い種、あるいは自然状態では毒性のある種であっても養殖方法で無毒化できるので、これらを利用することでリスクを回避できる。専門の調理師に調理してもらうべきである。
2. 石川県のフグ卵巣の糠漬のように、毒性のある部分でも適切な無毒化処理によってリスクを回避できる。
3. 経済的に余裕のあるときに食べる、あるいは誰かにご馳走になることで、経済的なリスクは回避できる。

 以上のようなリスク管理が適切に行われているからこそ、フグは市場をにぎわしているのである。BSE問題も、ヒトに対する異常プリオンのリスクを適切に管理することで解決できるはずなのだが・・・。

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