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2004年10月10日 - 2004年10月16日の記事

2004年10月14日 (木)

全ての農産物は潜在的に危険である?

 愛媛大学助教授の阿部先生(1)のホームページ(2)は、実に興味深い。個人的に、以前からしばしば拝見させていただいているのだが、その中に”伝統育種”と”遺伝子組換え”の比較を行っているページがある。リンクの規則性がややあいまいなので、少々発見しにくいのだが、「解説 伝統育種は本当に安全かー」に、その2つの比較が整理されている。恐らく本意は「育種法のみに基づいて作物の安全性を議論するのはナンセンスである」という主張なのだろうが、「伝統育種の安全性」等を見る限り、反GMO運動に反論するあまり伝統育種に対する強烈な攻撃に終始しているように見受けられるのはいささか残念である。氏は、伝統育種と遺伝子組換えを対比しているが、本来ならば公平を期するためには、そのどちらも選択しないケース-つまり、その辺の野草を食べて露命をつなぐ-も選択肢に加えるべきであろう。
 それは冗談であるが、現在流通している遺伝子組換え作物の多くは、交雑育種と遺伝子組換えのコンビネーションで育成されているので、それらの作物の持つリスクは、
”伝統育種育種のリスク”+”遺伝子組換えによるリスク”-”評価された食品としての安全性”
ということになるだろうか。いずれにしても、”伝統育種のみ”で育成された作物よりも食品としての安全性が担保されていることになる。

 最近、アメリカのナショナルアカデミーでも"Safety of Genetically Engineered Foods -Approach to Assessing Unintended Health Effects-"という報告書が作成され、各種の育種法(同種交雑、異種交雑、放射線照射、遺伝子組換え等)によって育成された作物に由来する食品のリスク評価についての考え方が示された。サマリーしか読んでいないが、その中では"Likelihood of unintended effects"として、それぞれの育種法による予期しない効果についての見積もりが示されているが、とりわけ"Crossing of existing approved plant varieties"による予期しない効果は、他のものよりも小さく評価されていることは注目に値する(その効果は、純系淘汰よりは大きい)。
 遺伝子組換え大国アメリカにおいても、遺伝子組換えによる"Likelihood of unintended effects"は伝統育種よりも大きいと見做されているということだ。

 作物(植物)の二次代謝産物は非常に種類が多いため、未知の食品成分の安全性評価を行うためには、多成分の一斉分析技術の開発が欠かせない。現在の食品分析技術は特定の成分の定量については一定レベルの水準に達していると見做せるものの、多成分の一斉分析となると、分析対象の候補となる農薬が明らかな場合の一斉分析の場合でさえもいささか心許ない現状であるようだ(3)。
 ましてや、未知の成分の一斉分析など望むべくも無い。おそらく、全ての農産物の安全性を担保する科学的な根拠を確たるものにするためには、今後のトキシコゲノミックスやメタボロミックスの発展を待たなくてはならないだろう。

2004年10月12日 (火)

アートとしての遺伝子組換え

 最近知ったのだが、”芸術”としての遺伝子組換えを行うグループがあるという。(1,2)

 わが国における遺伝子組換え生物等に対する規制は、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(遺伝子組換え生物等規制法、あるいはカルタヘナ法)の下、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び環境省の6省の共管で、使用する遺伝子組換え生物等の性状、その使用等の内容等を勘案して主務大臣を決めることになっている。(3

 さて、この仕分けには今のところ”アート”という考え方は入っていないのだが、所管する官庁を考えるとやはり文部科学省なんだろうな・・・二種省令でも、「研究開発等」と"等"が入っていることでもあるし。

 ともあれ、記事によると(2)、エドゥアルド・カック氏の作品"Move36"に使用された組換えトマトでは、デカルトのことば"Cogito, ergo sum"を"1,0"に分解し、それを塩基A,C,G,T(それぞれ、00,01,10,11を割り当てる)に変換してDNAを合成し、植物に組み込んだという。ちなみに、"Cogito ergo sum"は" CAATCATTCACTCAGCCCCACATTCACCCCAGCACTCATTCCATCCCCCATC"になるそうだ(4)。
#記事の写真の植物は、私にはどうもトマトには見えないのだが・・・。
 植物に導入する方法が不明なので事の真相はわらないが、文字情報をDNAに変換して生物に導入するというアイデアを本当にやってしまったのだとしたら、おそらく、これが初めてのケースになる。「遺伝的烙印」とでも言うのだろうか。
 同様の方法をとれば、UCS-4の32bitのデータも16塩基で表現できるので、理論上は地球上で使われているほとんどの文字を表現できる。何文字かおきにチエック・サムを入れておけば、突然変異による撹乱にさえも対応できるかもしれない。また、遺伝子として発現しないことを担保するために、文字情報に当たる部分の前後にストップコドンを仕込んでおけば安全性が増すし、PCR用のプライマーで挟み込むように設計すれば、書き込んだ情報をPCRダイレクトシーケンスで手軽に再生することもできる。
#あんまり手軽じゃない気もするが・・・。
 倫理的な観点とコストを無視してアートを標榜すれば、何でもありなのだなと感心半分あきれ半分。

 これが、わが国で実現した場合、法的には宿主が植物であれば、大抵P1Pか特定網室の拡散防止措置で"実験"を行えば機関実験で対応できる。しかし、供与核酸が合成DNAであって核酸供与体が特定できない場合、その扱いは微妙である。配列がごく短かいか、あるいはストップコドンを含むなど蛋白を生産し得ないケース(同定済み核酸として認められる場合)は、通常P1Pで構わないのだが、何某かの蛋白を産生する未同定核酸の場合には恐らく大臣確認実験(拡散防止措置は恐らくP1P)になる可能性が高い。いくら"アート"でもこれは勘弁して頂きたいものだ。
 また、”アート”としての遺伝子組換えには、従来行われてきた遺伝子組換え実験にはない、ある特筆すべき特徴がある。それは、”個人による遺伝子組換え”であるという点だ。わが国の遺伝子組換え生物等規制法では、実験の主体は個人あるいは法人であるが、告示のレベルでは組換えDNA安全委員会の設置等を求めており、個人では実施しにくいように見える。また、業として遺伝子組換えを行う個人というのは想像しにくい。あるとすれば、「遺伝子組換え職人」とでも言うのだろうか。

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